一本道キャリアが前提の社会で、迷わない方が無理
「自分はキャリア迷子だと思う」
そう感じたことがある人は多いと思う。
やりたいことが定まらない。
一度選んだ道に確信が持てない。
正社員もフリーランスも、どこかしっくりこない。
でも最近、私はこう思うようになった。
迷っているのは、自分の能力や覚悟が足りないからじゃない。
そもそも“地図”の方が古いのではないか、と。
この記事の目次
日本のキャリア地図は、驚くほど単純だ
日本社会に用意されているキャリアの地図は、ざっくり言えばこうだ。
- 新卒で入社
- 正社員としてフルコミット
- 年齢と勤続年数で昇給
- 定年まで同じ会社か、同じ業界
このルートにきれいに乗れる人は、迷わない。
むしろ迷う必要がない。
でもこの地図、よく見ると
「例外」をほとんど想定していない。
- 途中で体調を崩す人
- 家庭や介護の事情が変わる人
- 専門職として独立も雇用も行き来する人
- 一つの仕事だけだと消耗してしまう人
- そもそも“会社員向き”じゃない人
こういう人たちは、
最初から地図の外に置かれている。
迷うのは、あなたがズレているからじゃない
正社員がしんどい。
フリーランスは不安定すぎる。
副業は「中途半端」と言われる。
どこを選んでも、
「これが正解だ」と言い切れない。
でもそれは、あなたの選択眼が鈍いからではない。
どの道も、現代の現実に対して最適化されていないだけだ。
一本道キャリアを前提にした社会で、
複雑な人生を生きている人が迷わない方が不自然だと思う。
キャリア迷子は「失敗者」ではなく「違和感保持者」
キャリア迷子という言葉には、
どこか「決められない人」「弱い人」というニュアンスがある。
でも実際は逆かもしれない。
- この働き方は長く続かない
- この評価軸は自分を削る
- この組織構造は無理がある
そういう違和感を、
無視できなかった人。
無理やり納得して進めなかった人。
それは欠点というより、
センサーがまだ壊れていない状態だと思う。
地図が古いのに、自己責任だけが更新されていく
問題なのは、
地図が更新されないままなのに、
- 自己責任
- 自己分析
- 自己実現
だけがどんどん個人に押し付けられること。
「あなたが迷うのは努力不足」
「選択を誤った自己責任」
「覚悟が足りないだけ」
そう言われ続けると、
迷っている自分を責めるしかなくなる。
でも本当は、
地図を描き直すフェーズに入っているだけかもしれない。
迷いは「停止」ではなく「再設計」
キャリア迷子の時間は、苦しい。
収入も不安定になりやすい。
周りと比べて焦る。
それでも私は、
迷いを「何もしていない時間」だとは思っていない。
- 合わないものを切り分ける
- 無理な前提を疑う
- 自分の消耗ポイントを知る
これは、立派な再設計作業だ。
完成された成功談にはならないけれど、
生き延びるためには必要な工程だと思う。
この社会で迷わない人だけが、正解なのだろうか
一本道の地図で迷わず進めた人を
「優秀」と呼ぶのは簡単だ。
でも、その地図に違和感を覚え、
立ち止まった人たちがいるからこそ、
別のルートが見えてくる。
キャリア迷子であることは、
恥でも失敗でもない。
それは、
この社会の設計に対して、まだ思考を止めていない証拠だ。
あなたが迷っているのだとしたら、
それは「遅れている」のではなく、
古い地図を持ったまま進むことを拒んだ結果なのかもしれない。
答えは、まだなくていい。
地図は、これから描き直せばいい。













