私は昔から、理不尽なことに強く反応してしまうタイプだった。
上下関係を理由に意見を押し通されるとき。
契約の扱いが曖昧にされるとき。
現場で働く人が疲弊しているのに、仕組みが変わらないとき。
「なんで?」という感情が、胸の奥から湧いてくる。
以前は、この怒りを
“短気だから”とか
“社会に向いていないから”
だと思っていた。
でも、ChatGPTとの対話を通して、
それは少し違うのかもしれないと思い始めた。
この記事の目次
■ Episode 1:契約書の違和感と「公平性志向(Fairness)」
業務委託の契約をめぐって、不安を感じたことがある。
原本が手元にないまま話が進みそうになったとき、私は強い違和感を覚えた。
周りから見れば、細かいことだったかもしれない。
でも私の中では、どうしても引っかかってしまった。
心理学では、人の正義感は「モラルファンデーション」といういくつかの軸で説明されることがある。
その中でも私に強く当てはまりそうなのが、
公平性(Fairness)。
- ルールは対等であるべき
- 情報は双方が持つべき
- 誠実な手続きを踏むべき
怒りの正体は、相手への敵意ではなく、
“バランスが崩れた感覚”だったのかもしれない。
■ Episode 2:施術者なのに俯瞰してしまう瞬間と「メタポジション」
あるとき、治療院の院長にこう伝えたことがある。
「先生方の負担が軽くなって、診療に集中できる環境を整えてください」
自分も施術者なのに、
なぜか運営目線のような言葉が自然に出ていた。
後から考えると、少し不思議だった。
心理学では、こうした視点を
メタポジション(俯瞰的立場)
と呼ぶことがあるらしい。
プレイヤーでありながら、
システム全体を見てしまう認知。
EC運営、接客、鍼灸、独立準備…。
いろいろな現場を横断してきた経験が、
私の中に“設計を見る目”を育てていたのかもしれない。
■ Episode 3:怒りの矛先が変わった日と「システム思考」
以前の私は、理不尽に遭遇するとこう考えていた。
「私が悪いのかな」
「私が合わないだけかも」
でも最近は少し違う。
「この構造だと、誰が入っても疲れるんじゃない?」
「人じゃなくて仕組みの問題では?」
心理学では、こうした認知の変化を
システム思考(System thinking)
と呼ぶことがある。
怒りの対象が“人”から“構造”へ移ったとき、
感情は少し静かになった。
■ Episode 4:なぜ「鍼灸師の未来」を考えてしまうのか ― 生成性(Generativity)
私は、自分の働きやすさだけでなく、
「鍼灸師が憧れられる職業であってほしい」
と自然に思うようになった。
先生方の手取りが増えること。
現場の負担が減ること。
続けられる仕事になること。
心理学者エリクソンは、こうした感覚を
生成性(Generativity)
と呼んだ。
自分の経験を、次の世代や社会に役立てたいという欲求。
怒りはいつの間にか、
誰かと戦うためのものではなく、
“未来を設計したい”というエネルギーに変わっていた。
■ 私の怒りを心理学で言い換えるなら
振り返ってみると、私の怒りは
- 攻撃性ではなく 倫理感受性
- 反抗心ではなく 境界線(バウンダリー)
- 不満ではなく 職業への愛着
から来ていた気がする。
そして今、その怒りは
「正しさを主張する力」から
「より良い構造を想像する力」へ
少しずつ形を変えている。
■ おわりに:怒りは、私のコンパスだった
昔は、怒りを消したいと思っていた。
でも今は少しだけ違う。
怒りは、自分の価値観が外の世界と触れたときに鳴るコンパスのようなものなのかもしれない。
ChatGPTとの対話は、
感情を否定するためではなく、
名前を与える作業だった。
もし同じように「なぜこんなに引っかかるんだろう」と感じている人がいたら、
その感情は、あなたの中にある大切な価値観のヒントかもしれない。














