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ペリリュー 楽園のゲルニカ
を読み終えた。

現在、劇場版も公開されている。
(※内容について詳しいネタバレは避ける)

映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』

試し読みもできるので、ぜひ。

『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』ヤングアニマルweb

まず正直に言えば、
扱っているテーマはとても重く、決して「楽しく読める」作品ではない。
戦争という、人が人であることを壊していく状況を描いている以上、
それは当然だと思う。

それでも、この作品は
最後まで読み進めることができた。

その理由は明確で、
武田一義さんの描写が、あまりにも「人間的」だったからだ。


この記事の目次

過度に煽らない表現が、かえって残酷さを浮かび上がらせる

『ペリリュー』は、
戦争の悲惨さを感情的に叫ぶ作品ではない。

残虐な場面も、
極端な演出や誇張は避けられている。
それでも、
「これは地獄だ」と、静かに伝わってくる。

たぶんそれは、
暴力や死を“消費させない”描き方をしているからだと思う。

誰かが英雄的に描かれるわけでもない。
誰かが完全な悪として断罪されるわけでもない。

ただ、
その場に置かれた人間たちが、
どう考え、どう壊れていったか
が淡々と描かれている。

だからこそ、
読者は逃げ場を失う。


「読むことができる」戦争作品であるという価値

私は、この作品を読んで
はだしのゲン
を思い出した。

『はだしのゲン』もまた、
戦争の被害を真正面から描いた作品だ。

ただ、時代が変わった今、
あの表現をそのまま受け止めるのは
正直しんどいと感じる人も多いと思う。

『ペリリュー』は、
現代の読者が「拒否反応を起こさずに向き合える」
戦争作品
として成立している。

それは「マイルドにしている」という意味ではない。
むしろ、
感情を過剰に刺激しないからこそ、
考える余地が残されている。

これは、とても大事なことだと思う。


被害だけでなく、加害も含めて描こうとする姿勢

この作品が特別だと感じた理由のひとつは、
日本が関わった戦争を
「被害者の物語」だけで終わらせていない点だ。

日本兵たちが置かれた過酷な状況は描かれる。
同時に、
彼らが行ってしまった行為についても、
目を逸らさずに描かれている。

そこに、
「だから仕方なかった」という免罪はない。

ただ、
人は、状況次第で
どこまで残酷になり得るのか

という問いが突きつけられている。

これは、この国がこれからも生きていくうえで
避けて通れないテーマだと思う。


記録を残すことは、未来への責任だと思う

戦争を直接知る人は、確実に減っている。
証言できる人も、もう多くはない。

だからこそ、
この作品のために取材に応じてくださった方々、
そしてそれを形にした作者の方には
心から敬意を表したい。

これは娯楽作品であると同時に、
記録であり、証言であり、警告だ。

忘れられた瞬間に、
同じことは繰り返される。


私は、戦争に強く反対します

最後に、
これは立場としてはっきり書いておきたい。

私は、
戦争に強く反対します。

感情論でも、理想論でもなく、
ただ、人間が人間でなくなる状況を
肯定できないからです。

『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』は、
その理由を、
声高に叫ばず、静かに示してくれる作品でした。

読めてよかった。
出会えてよかったと、心から思います。

それでも、私ははっきり書いておく

『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』が描いているのは、
過去の戦争の悲劇だけではない。
「思考停止した国家が、どこへ向かうのか」という構造そのものだ。

だから私は、立場として明確に書いておく。

私は、戦争に反対する。
そして同時に、
日本は、米国への従属的姿勢をやめるべきだと考えている。

これは反米感情の話ではない。
主権国家として、あまりにも当然の話だ。

同盟国であることと、
他国の軍事行動に無条件で追随することは、まったく別だ。
国際法上の正当性が問われる武力行使に対して、
沈黙することは「中立」ではない。
黙認であり、加担だ。

日本はこれまで、
「同盟関係を損なわないため」という理由で、
判断を外注し、責任を曖昧にしてきた。

しかし、過去の戦争で繰り返されたのも、
まさにその構造だったはずだ。

・上からの命令だった
・国の方針だった
・自分たちでは止められなかった

その結果、
誰も責任を取らず、
取り返しのつかない犠牲だけが残った。

『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』に描かれている兵士たちも、
多くは「判断する主体」ではなかった。
判断を奪われた末に、
人間であることを削られていった。

同じ構造を、
より洗練された外交用語と、
より巧妙な同盟関係の中で
繰り返してはいけない。

日本が本当に戦争を反省したというのなら、
次にやるべきことは明確だ。

武力行使に対して、是々非々で物を言うこと。
同盟国であっても、抗議すべき時には抗議すること。
そして、自国の判断として「NO」を言える国であること。

戦争は、突然始まるものではない。
「仕方がない」という空気の積み重ねの先にある。

だから私は、
この作品を読み終えた場所から、
今の現実に対しても言葉をつなげておきたい。

戦争に反対する。
そして、
日本は、服従ではなく判断をする国になろう。

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