
―履歴書では測れないキャリアの話
私は医療系の専門学校に通い、
国家試験に合格して、国家資格を取った。
学生の頃から、少しでも現場を知りたくて、
学生アルバイトとして医療の現場で働いていた。
経験を積むため、というのが一番の理由だった。
採用の場で、
トップの人が私の履歴書を眺めながら、
ふっと笑ってこう言った。
「背水の陣だね(笑)」
たぶん、深い意味はなかったのだと思う。
軽い冗談。
場を和ませるための一言。
それでも私は、
その言葉を今でも忘れられずにいる。
この記事の目次
履歴書に並ぶ職歴と、その裏側
確かに私は、
いわゆる「ジョブホッパー気質」だと思う。
一つの場所に長く居続けるより、
合わないと感じたら離れる。
報われない場所、
尊厳を踏みつけられるような環境に、
我慢して居座ることができない。
根性が足りない、と言われたら
そう見えるかもしれない。
でも私は、
気まぐれで仕事を転々としてきたわけではなかった。
その都度、
できることを増やしてきた。
現場で覚えた技術。
裏側の業務。
人と人の間に立って調整する役割。
言語化、記録、改善。
それらはすべて、
履歴書の職歴欄には
きれいに収まらないものばかりだ。
「見てもらえなかった」という感覚
その人は、
私がなぜその経歴になったのか、
どんな意図で選択を重ねてきたのかを
見ようとはしなかった。
履歴書の行数だけを見て、
「背水の陣」と言った。
その瞬間、
少しだけ、悲しくなった。
ああ、
この人は私を
「理解する対象」としては
見ていないんだな、と。
心の中で浮かんだ、もう一つの言葉
それでも同時に、
心の奥でこんな言葉も浮かんでいた。
「まぁでも、
あなたよりできることは、あるよ」
相手を見下したかったわけじゃない。
ただ、自分が
必死に積み上げてきたものを
自分自身が分かっていた、というだけだ。
今、そのスキルに救われている
皮肉なことに、
当時「背水の陣」と笑われたそのスキルたちが、
今の私を支えている。
20代の頃、
将来につながるかも分からず、
それでも身につけてきたこと。
「遠回りだね」と言われた経験。
それらが今、
ちゃんと「生き延びる力」として
機能している。
笑う人は、今もいる
今でも、
私のキャリアを見て
「一貫性がない」と言う人はいる。
たぶん、これからもいる。
でも、もう気にしない。
それでも、
「背水の陣だね(笑)」
というあの言葉だけは、
なぜかずっと記憶に残っている。
忘れられない言葉というのは、
その場の上下関係や、
空気の歪みを、
一瞬で切り取ってしまうからだと思う。
私は「我慢できない人間」だったのか
最近は、
こう考えるようになった。
私は
「我慢ができない人間」だったのではなく、
残ると壊れてしまう場所から、
離れてきただけ
なのではないか、と。
もしあの頃、
無理に踏みとどまっていたら、
今の私はいなかったかもしれない。
最後に
履歴書だけを見て語られる人生は、
たぶん、誰のものも薄っぺらくなる。
もしあなたが、
「落ち着きがない」
「一貫性がない」
と言われたことがあるなら、
それは本当に、
欠点だろうか。
それとも、
尊厳を守るための移動
だっただろうか。
正解は出さなくていい。
でも、自分の中でだけは、
その問いを消さなくていいと思っている。
クリス松村さんのラジオで流れた大橋純子さんの「傷心飛行」とても良くて最近リピートしてる。
もう私がどこで泣こうと気にも留めないあなた
そうよ私は銀のセスナ
気流に流され ここはどこなの
素敵なメロディと伸びやかな大橋さんの声がいいですね。。アーバン・メロウ。
いろんなことが落ち着いたら楽しく歌謡曲を歌うスナックでもやりたいな。はは。














