HOPEPUNK|絶望の時代に、希望を行動として選ぶ
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最近、“HOPEPUNK(ホープパンク)”という言葉を知った。

ざっくり言うと、

「世界は厳しい。
でも、それでも人を信じることや、助け合うことをやめない」

という思想・ジャンルのことらしい。

私はこれを見た時、
「綺麗事のポジティブ論」ではなく、
むしろかなり“泥臭い抵抗思想”だと思った。

今って、
希望を語ること自体が少し難しい時代だ。

物価高、格差、将来不安、働き方の不安定さ。
SNSを開けば、成功者の言葉が流れてくる。

だからこそ、
「希望を持とう」
みたいな言葉は、ときに空虚に聞こえてしまう。

でもHOPEPUNKは、
そういう“現実”から目を逸らさない。

その上で、

「それでも、完全には冷たくならない」

ことを選ぶ。


この記事の目次

HOPEPUNKとは何か

もともとはSFや創作ジャンル周辺で広まった言葉らしい。

“PUNK”とついているけれど、
破壊衝動だけではない。

むしろ、

  • 助け合う
  • コミュニティを作る
  • 小さな優しさを諦めない
  • 絶望の中でも生活を続ける

みたいなものが中心にある。

派手な救世主ではなく、
「今日をなんとか生き延びるための知恵」
に近い。

私はここにすごく惹かれる。


「希望」は感情ではなく、行動なのかもしれない

HOPEPUNKを見ていて面白いのは、
“希望を感じられるか”ではなく、

“希望的な行動を選ぶか”

を重視しているところだと思う。

つまり、

不安が消えたから動ける、
ではない。

怖い。
しんどい。
未来も見えない。

でも、

  • 誰かに料理を作る
  • 本を読む
  • 学ぶ
  • 身体を整える
  • 小さなコミュニティを守る
  • 生活を続ける

そういう行為自体が、
ある種の「抵抗」になる。

これって、
今の時代にかなり大事な感覚な気がする。


私がHOPEPUNKに惹かれる理由

私は“なんとか生き延びる”ための話が好きだ。

完璧な成功談より、
途中で迷ったり、転んだり、
方向転換しながら続けている人の話に惹かれる。

HOPEPUNKって、
そういう「未完成な人間」に優しい思想だと思う。

強くなくてもいい。

でも、
完全に諦め切らない。

その姿勢自体に、
少し救われる。


「知性の悲観主義、意志の楽観主義」という言葉

イタリアの思想家 Antonio Gramsci は、

「知性の悲観主義、意志の楽観主義」

という言葉を残しました。

現実を真剣に見れば見るほど、
社会の歪みや、働き方の問題、人間の弱さに気づいてしまう。

だから“知性”は、ときに悲観へ向かいます。

けれど、それでも。
人は小さな希望をつくることができる。

助け合うことも、
手を差し伸べることも、
自分の暮らしを少しずつ整えていくこともできる。

HOPEPUNKが魅力的なのは、
「現実逃避のポジティブ」ではないところです。

傷ついた世界を見ないふりをせず、
それでも未来を諦めない。

その態度は、グラムシの言葉ともどこか重なっているように思います。

たぶんこれから先、
世の中はもっと不安定になる。

だから、
昔みたいな“明るい未来”を
無邪気に信じるのは難しいのかもしれない。

でも。

それでも誰かとご飯を食べたり、
身体を整えたり、
学んだり、
小さな創作を続けたりすること。

そういう営みは、
案外静かで強い。

HOPEPUNKって、
「希望を持て」という話ではなく、

“希望的に振る舞うことを諦めない”

という思想なのかもしれない。

絶望の世界で、それでも人間性を捨てない。

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