
「2020年代に最低賃金1500円」。
この目標が掲げられた当初、「そんなに上げたら企業がもたない」「高すぎる」という声が少なくありませんでした。
でも、2026年の今、その数字は本当に高いのでしょうか。
東京都内の労働組合が行った生計費調査では、世田谷区で一人暮らしをする25歳をモデルケースにした場合、普通に暮らすために必要な最低生計費は、
男性で約29万6千円、
女性で約28万7千円という結果が出ています。
これを時給に換算すると、
男性は約1,706円、
女性でも約1,652円。
つまり、「時給1500円」ですら、普通の暮らしには届かないという現実があります。
だから私は、山添拓さんが「1500円では不十分だった」と語ることに、大きくうなずきました。
この記事の目次
「普通の暮らし」が遠い国になってしまった
ここで言う「普通の暮らし」は、決してぜいたくな生活ではありません。
家賃を払い、三食食べ、季節ごとに服を買い替え、病院へ行き、友人とたまに食事をし、本を読み、少しだけ将来のために貯金をする。
そんな、ごく当たり前の生活です。
けれど今は、その「当たり前」が、とても遠いものになっています。
物価は上がる。
社会保険料も上がる。
家賃も高い。
それなのに、賃金だけが追いついていません。
私も「働いているのに苦しい」を経験してきた
私はこれまで、派遣社員、契約社員、アルバイト、そして現在はパートや鍼灸師として働いてきました。
決して怠けていたわけではありません。
むしろ、人並み以上に働いてきたと思っています。
それでも、「このまま一人暮らしは難しい」「病気になったらどうしよう」「老後のお金なんて考えられない」。
そんな不安は、いつも隣にありました。
努力が足りないのではありません。
生活に必要なお金と、働いて得られる賃金の間に、大きな開きがあるのです。
個人の努力だけでは越えられない壁
もちろん、資格を取ることも、転職することも、スキルアップすることも大切です。
私自身も鍼灸師の資格を取り、新しい挑戦を続けています。
でも、それは「誰もが最低限の生活を送れる賃金」があってこそ意味があります。
どれだけ努力しても、土台となる賃金が低ければ、多くの人は生活に追われ、学ぶ時間も、休む時間も、挑戦する余裕も失ってしまいます。
「努力すれば報われる社会」の前に、「働けば暮らせる社会」でなければならない。
私はそう思います。
最低賃金の引き上げは、働く人だけのためではない
最低賃金を上げることは、働く人のためだけではありません。
生活に余裕ができれば、お店で買い物をする人が増えます。
地域のお店にもお金が回ります。
経済全体が少しずつ元気になります。
もちろん、中小企業への十分な支援も同時に進める必要があります。
働く人か、事業者か。
その二択ではなく、どちらも支える政策が必要です。
「普通に働けば、普通に暮らせる」
私は、それだけを願っています。
特別な贅沢ではありません。
安心して暮らせること。
将来に希望を持てること。
病気や失業を過度に恐れずに生きられること。
そして、誰もが自分の人生を少しずつ育てていけること。
最低賃金の議論は、お金の話だけではありません。
「この国で、働く人が人間らしく生きられるか。」
その問いそのものなのだと思います。
この記事は、私自身が長年経験してきた非正規雇用や低賃金の働き方を重ねながら書きました。だからこそ、「生活できる賃金」は一部の人の要求ではなく、多くの働く人に共通する願いだと感じています。
「普通に働けば、普通に暮らせる。」
そんな当たり前を取り戻すための議論が、もっと広がってほしいと願っています。













