
「返信は月曜日でいいよ」
Xで見かけた、あるママさん会社員の投稿。
週末は家事と育児で脳のリソースが持っていかれるから、
返信期限を明記して連絡するようにしている、という話だった。
一見、とても配慮がある。
でも私は、少しだけ引っかかった。
この記事の目次
常時接続社会の“善意”
マイナビの調査では、
正社員の約7割が勤務時間外に連絡を受けている。
そして6割以上が「できれば拒否したい」と感じているという。
つまり、みんな疲れている。
けれど現場では、
「仕方ないよね」「緊急なら当然」という空気も残る。
企業側では、3社に2社が時間外連絡を把握していながら、
「つながらない権利」に関するガイドラインは4割以上が未着手。
つまりいまの日本の職場は、
制度が整っていない状態を、個人の善意で回している。
「月曜日でいいよ」は優しさか
「返信は月曜日でいいよ」
この言葉はやさしい。
でも制度設計の目で見ると、こうなる。
- 返信は必要
- 月曜日に思い出してほしい
- 月曜のあなたの脳リソースを予約している
返信期限の明示は、確かに重要だ。
でもそれは同時に
“あなたの思考時間をいつ使うかを宣言する行為”でもある。
週末に通知を受け取った時点で、
人の脳はタスクを未完了リストに入れてしまう。
「月曜でいいよ」は、
完全な休息を保証しているわけではない。
問題は「連絡」ではない
ここを間違えると、感情論になる。
時間外連絡そのものが悪なのではない。
問題は、
- 緊急度が曖昧
- 返信期待が曖昧
- 返信不要かどうかが曖昧
つまり、
期待値が設計されていないこと。
つながらない権利は「禁止」ではない
ラジオで取り上げられていたニュースを聞きながら思った。
つながらない権利は、
「送るな」という話ではない。
「どう設計するか」という話だ。
例えば、
- 緊急度を段階で定義する
- 休日送信は予約送信を原則にする
- 返信不要の明示を標準化する
- 翌営業日“始業後対応”をデフォルトにする
これらはすべて、
個人の気遣いではなく、組織の設計の問題だ。
善意で回る職場は、いつか誰かを摩耗させる。
なぜ制度設計が必要なのか
私はEC運営の現場にいる。
チャットは早い。
連絡は細かい。
動きも早い。
だからこそ分かる。
曖昧なままの「とりあえず送っとくね」は、
静かに体力を削る。
返信を急いでいるわけではないのに、
「急がないといけない気がする」という空気が生まれる。
これは能力の問題ではない。
構造の問題だ。
生存戦略としての境界線
つながらない権利とは、
休みたい人のわがままではない。
思考する人が、思考する時間を守るための前提条件だ。
私たちは、
常に反応するために雇われているわけではない。
判断するために雇われている。
考えるために雇われている。
その時間を奪い合う組織は、
長期的に強くなれない。
問いを残しておく
あなたの職場には、
- 「返信不要」と明示する文化はありますか?
- 休日連絡は予約送信が前提になっていますか?
- 緊急度の定義は共有されていますか?
つながらない権利は、
やさしさの問題ではない。
設計の問題だ。
そして設計は、
声を上げない限り、自然には整わない。













