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改憲の発議がやってくる――72億円の政府広報費と、これから始まるかもしれない「空気づくり」

「改憲の発議」が、いよいよ現実のものになろうとしている。

そんななか、見過ごせないニュースが報じられた。

内閣広報室が、2027年度予算の概算要求に72億3,000万円を盛り込んだという。2026年度予算の7億円から、実に10倍を超える要求額である。

政府は、この増額について「内閣の重要政策について、幅広い世代に的確で効果的な情報発信を行うため」と説明している。内訳は、国内向けの発信強化に約66億円、海外向けに約5億円と報じられている。

ただし、ここは正確に書いておきたい。

この72億円は「改憲のための広報費」として計上されたものではない。また、現時点では成立した予算ではなく、2027年度予算に向けた概算要求である。

それでも私は、この動きを改憲問題と切り離して考えることはできない。

「改憲しよう」と直接言うとは限らない

これから増えていくかもしれないのは、政府が正面から「憲法を変えましょう」と訴える広告だけではない。

たとえば、テレビや動画、SNSなどで、知名度の高い芸能人、文化人、研究者、インフルエンサーが、次のような言葉を語り始める可能性がある。

「日本を守るためには、これまでの考え方を変える必要がある」

「戦争には反対だけれど、国防は必要だ」

「世界情勢が変わった以上、憲法もアップデートしなければならない」

「自衛隊を憲法に書くだけなら、何も変わらない」

一つひとつを聞けば、もっともらしく感じる言葉かもしれない。

もちろん、これらを発言した人すべてが政府から依頼されたと決めつけることはできない。本人が自分の考えとして語る場合もあるだろう。

しかし、政府が巨額の予算を使って「重要政策を伝わりやすく発信する」としている以上、誰が、誰のお金で、どのような目的から発信しているのかを見る必要がある。

広告やタイアップであるなら、それが視聴者に明確に示されているのか。

政府から直接お金が出ていなくても、関連する事業や団体を経由していないか。

同じ時期に、テレビ、新聞、書籍、ネット動画、SNSで、似たような言葉が繰り返されていないか。

私たちが警戒すべきなのは、露骨な「改憲キャンペーン」だけではない。

いつの間にか「改憲するのが普通」「国防のためなら仕方がない」という空気がつくられ、反対意見を口にしにくくなることだ。

「国防は必要」という言葉の先にあるもの

「国防は必要だ」という言葉自体を否定する人は、ほとんどいないだろう。

問題は、その「国防」が何を意味するのかである。

外交によって戦争を回避することも、安全保障である。

食料やエネルギーの自給率を高めることも、災害に強い社会をつくることも、国民の命を守ることにつながる。

ところが現在、「国防」という言葉が、軍事費の拡大や武器輸出、敵基地攻撃能力の保有、米国の戦争への協力と、ほとんど同じ意味で使われる場面が増えている。

「戦争反対。でも国防は必要」

そこで思考を止めてしまえば、その先にある政策まで一括して受け入れてしまう。

誰から、何を、どのような方法で守るのか。

そのために本当に軍事力の担大が必要なのか。

かえって周辺国との緊張を高め、日本が攻撃対象となる危険はないのか。

日本が自ら始める戦争だけでなく、同盟国の戦争に組み込まれる可能性はないのか。

そこまで具体的に問わなければならない。

戦争は、ある日突然始まるわけではない。

戦争を可能にする法律や制度がつくられ、軍備が拡大され、反対する人が「現実を見ていない」と扱われる。その積み重ねの先に戦争がある。

国民投票には「お金で世論が左右される」という問題が残っている

憲法改正には、衆議院と参議院のそれぞれで総議員の3分の2以上の賛成による発議と、その後の国民投票で過半数の賛成が必要となる。

つまり、発議されたら最後に判断するのは私たち国民だ。

だからこそ、その判断に至るまでの情報環境が、公平でなければならない。

しかし、現行の国民投票制度には、広告費の総額を一律に制限する仕組みがない。投票日の14日前からテレビ・ラジオの有料CMは禁止されるものの、それ以前の広告やインターネット広告には大きな余地が残されている。

日本共産党の山添拓参議院議員も、資金力の違いが投票結果を左右しかねないと指摘している。

資金を豊富に持つ側が、テレビCM、ネット広告、動画、著名人の起用などによって同じメッセージを大量に流せば、それだけ多くの人の目に触れる。

国民投票は本来、主権者が内容を理解し、熟慮したうえで判断するものである。

広告の量によって「みんなが賛成しているように見える」状態がつくられるなら、公平な判断は難しくなる。

有名人の言葉だからこそ、一度立ち止まる

私は、芸能人や文化人が政治について発言すること自体を否定したくない。

むしろ、誰もが政治について自由に話せる社会であるべきだと思っている。

ただし、親しみやすさや好感度と、政策の正しさは別のものだ。

好きな俳優が言っている。

尊敬する研究者が説明している。

人気のインフルエンサーが「これが現実的だ」と話している。

そうしたときほど、一度立ち止まりたい。

その人の発言の根拠は何か。

反対側の意見も紹介されているか。

動画や番組、投稿に政府や政党、関連団体が関与していないか。

「広告」「PR」「提供」などの表示はないか。

感情に訴える映像によって、具体的な改憲内容が曖昧にされていないか。

「誰が言ったか」ではなく、「何が変わるのか」を確認することが必要だ。

72億円を、政府に都合のよい空気づくりに使わせない

政府が政策を国民に説明すること自体は必要である。

しかし、広報とは本来、都合のよい部分だけを宣伝することではない。

政策の目的だけでなく、問題点や反対意見、国民に生じる不利益についても説明して初めて、判断材料になる。

税金を使った政府広報が、政権のイメージアップや、政府に都合のよい世論づくりに使われることがあってはならない。

そして72億円の広報費が、改憲のためのものだと現段階で断定することもできない。

だからこそ、予算の使途を継続して監視する必要がある。

どの事業者と契約したのか。

どのようなコンテンツが制作されたのか。

誰が出演し、どの媒体に、いくら支払われたのか。

その発信が政府広報であることは、国民に分かるよう表示されているのか。

情報公開を求め、検証し続けることが大切だ。

これからテレビやSNSで、改憲や軍備拡大を肯定する言葉が急に増えたと感じたら、「世の中が自然にそうなった」と受け入れる前に、その背景を考えたい。

繰り返し目にする意見が、必ずしも多数の市民の自然な声とは限らない。

改憲の発議が現実味を帯びる今、必要なのは雰囲気に流されることではない。

政府の説明をうのみにせず、発信者と資金の流れを確認し、憲法の何を、なぜ、どのように変えるのかを、自分自身で確かめることだ。

「戦争をするのも仕方がない」

そんな空気がつくられてから気づくのでは遅い。

今から、要警戒である。


参考資料

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