
月25日、国会前のデモに参加してきました。
あいにくの雨。
永田町駅の構内で、さっとかっぱに着替える人たちを見て、
なんだか少し安心したのを覚えています。
こういう場所に来る人たちって、
静かに、でもちゃんと準備しているんだなって。
私は国会参観駐車場の角で、
その場に居合わせた方々と一緒にコールをしました。
いわゆる「デモ」という言葉から想像するような、
荒々しさはまったくなくて、
暴れる人もいないし、
警察の方々も穏やかで、
とても理性的で、平和的な空間でした。
日弁連の弁護士の方や救護班の方もいて、
安全に参加できる体制が整っていることにも、
この場の誠実さを感じました。
そして運営はボランティア。
きっとそれぞれ仕事を終えたあとに来ている人たち。
社会って、こういう見えない支えで
なんとか成り立っているんだなと思います。
本当は、仕事が終わったら
家に帰って、好きなものを観て、ゆっくりしたい。
その日は早く家に帰ってチューハイとポテチを準備して「装甲騎兵ボトムズ」を観ようかな、なんて思っていました。
でも、足を運びました。
「平和を求める」なんて、
あまりにも当たり前すぎて、
わざわざ言葉にするものじゃないと思っていたからです。
だけど今、その“当たり前”が
少しずつ揺らいでいるように感じる。
だからこそ、
当たり前だからこそ、
ちゃんと声にしなきゃいけない。
そう思いました。
印象的だったのは、女性がとても多かったこと。
ペンライトの光が揺れていて、
どこかやわらかい空気もあって、
「抗議」という言葉だけでは表現できない
不思議な場でした。
千葉から来ていた方がいて、
「いてもたってもいられなくて、来ました」と話していました。
コールを続けながら、
「喉がガラガラになってきましたね」
「水分とって、休みながらやりましょう」
そんなふうに声を掛け合っている光景が、
とても印象に残っています。
一人ひとりが、普通の市民。
特定の団体に所属しているわけでもなく、
それぞれが個人として、その場に立っている。
それでも、同じ方向を見ている。
選挙は、代表を選ぶ大切な仕組みです。
でも、それだけですべてが決まるわけではない。
選ばれた人が、あとから方針を変えることもある。
だからこそ私たちは、
「こうしてほしい」「これはやめてほしい」と
選挙以外の場でも意思を示す必要がある。
デモは、そのひとつなんだと思います。
それは特別な行動ではなくて、
民主主義の前提にあるもの。
YouTubeで配信を見たり、
SNSでシェアしたり、
身近な人と「戦争はいやだね」と話すことも、
すべて、小さな行動です。
微力かもしれない。
でも、無力ではない。
静かに、でも確かに、
意思を持って立っている人たちがいる。
そのこと自体に、
私は少し安心しました。
今後開催予定のデモ
最初のうちはなるべく弁護士・救護班まで準備されている大規模なデモに参加された方が安心かと思います。
3月28日(土)14時〜オタクによる反戦デモ@国会議事堂正門前
3 月29日(日)16時〜@新宿駅東南口
高市首相&トランプ大統領に抗議するブロックパーティ
▼音楽ナタリー
4 月19日(日)14時〜国会正門前大行動0419@国会議事堂正門前













