透明な赤ちゃんと、見えない下駄ー日本の男女賃金格差ー
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日本の男女間の賃金格差は、国際的に見ても大きい水準にある。

日本では近年、企業に対して男女賃金差の開示が義務化された。
しかし、その制度はあくまで「開示」にとどまり、
差の理由や是正までは求められていない。

一方で、韓国では、開示に加えて是正を見据えた制度づくりが進められている。

つまり、

「見せるだけ」の日本と、
「見せて、変えさせる」方向の韓国。

同じ問題を抱えながらも、その向き合い方には差がある。

では、なぜ日本では「開示」で止まるのか。

その理由のひとつは、
格差が“格差として見えにくい構造”にある。

まず、日本には「総合職」と「一般職」という
キャリアコースの分断がある。

企業はこれを「役割の違い」と説明する。
確かに、職種が違えば賃金が違うのは自然に見える。

しかし実際には、

誰がどのコースに入りやすいのかが偏っている。

女性は補助的な職種や昇進コース外に入りやすく、
男性は昇進前提のルートに乗りやすい。

その結果、賃金差は「後から」ではなく、
入口の段階で設計されてしまう。

次に、年功序列と長時間労働の評価だ。

日本では、

  • 長く働ける
  • 柔軟に動ける

といった条件が評価されやすい。

一見すると合理的だが、
この条件は誰にとっても平等ではない。

出産や育児などのケア負担が偏る中で、
その働き方に適応しにくい人は不利になりやすい。

それでも企業は、

「制度は同じです」
と説明できてしまう。

構造的な不利が、“制度の結果”として正当化される。

さらに見えにくいのが、評価のブラックボックスだ。

昇進や重要な仕事の配分は、

  • 上司の推薦
  • 人事の裁量
  • 非公式な信頼関係

によって決まる部分が大きい。

この中では、

「長く働いてくれそう」
「管理職向きだ」

といった印象や前提が入り込みやすい。

ここが“下駄”が履かれる領域だ。

表には出ないが、
期待や機会が上乗せされることで差が広がっていく。

こうして時間が経つと、格差はこう説明される。

  • 職種が違うから
  • 働き方が違うから

しかしその前段階で、

誰がどのコースに乗るかが偏っている。

この部分はほとんど見えない。

それでも、開示には意味がある。

企業ごとに賃金格差が可視化されると、

  • 「この会社は差が大きい」と分かる
  • 就職・転職で避けられる
  • ESG評価が下がる

といった影響が生まれる。

その結果、

企業が自ら是正に動かざるを得なくなる。

日本で必要なのは、
単に「差がある」と確認することではない。

その差がどこで生まれているのかを問うこと

である。

男女賃金格差は、給料の問題ではない。

誰がどのレールに乗るのか。
誰に“下駄”が履かせられるのか。

その積み重ねの結果だ。

そしてその入口には、

まだ存在しないはずの前提がある。

平均賃金の差を示すだけでは、問題の本質は見えない。

必要なのは、勤続年数に対してどのように賃金が伸びているのか、つまり昇給スピードの開示だ。

同じ時間働いても伸び方が違うのであれば、
そこには評価や機会配分の偏りが存在している可能性がある。

その差を見える形にしなければ、「下駄」は見えないまま残り続ける。

もし、勤続年数に対する昇給スピードを開示したとき、
女性の賃金の伸びが一貫して低いという結果が出るのであれば——

それはもはや「違い」ではない。

女性の労働を相対的に低く扱うことで成り立ってきた構造である。

そのような形で維持されてきた利益や成長は、
果たして許されるのだろうか。

見えないアドバンテージは、どのように作られるのか

インビジブル・ベビーという概念は、
「本人が意識しないまま受け取っている有利さ」を指す。

では、その有利さはどこから生まれてくるのだろうか。

その一つが、
女性のライフイベントを前提にしたキャリア設計だ。


多くの職場では、暗黙のうちに
「女性はいずれ出産や育児で離脱する可能性がある」
という前提が置かれている。

その結果、本人の意思や能力とは関係なく、
あらかじめ“長く働き続けることを前提としない配置”がなされることがある。

重要なポジションから外されたり、
昇進のルートから距離を置かれたりする。


これは露骨な差別として現れることは少ない。
むしろ「配慮」や「現実的な判断」として処理される。

しかしその積み重ねが、
数年後には明確なキャリア差となって現れる。


つまり、女性はライフイベントによってキャリアが分断されるだけでなく、
「分断されることを前提に、あらかじめキャリアを抑えられる」
という構造の中に置かれている。


そしてこの構造こそが、
インビジブル・ベビーのような
“見えないアドバンテージ”を生み出している。

マッチングアプリで見える「見えないアドバンテージ」

最近、マッチングアプリを眺めていて、ふと思うことがある。

男性のプロフィールに並ぶ年収の数字が、
自分と同年代の女性たちと比べて、やけに高く見える。

もちろん、多少は“盛られている”だろう。
でも、それを差し引いてもなお、
「同じ社会にいるはずなのに、前提条件が違う」
という違和感が残る。

これは単なる印象ではなく、構造としても存在している。


日本では、企業における男女の賃金差は依然として大きく、
その可視化はようやく始まったばかりだ。

たとえば、2022年以降、
従業員301人以上の企業には
「男女の賃金差の公表」が義務化されている。

ただし、その内容は
・平均値の比率(男性を100としたときの女性の割合)
・企業単位のざっくりした数字
にとどまっている。

つまり、私たちが日常で感じているような
「同年代での伸び率の差」や
「キャリアの途中でどう差が開いていくのか」
までは、ほとんど見えない。


さらに見えにくいのが、
女性のキャリアがライフイベントによって分断されやすい、という構造だ。

出産や育児といった出来事は、
本来は人生の自然な一部であるはずなのに、
現実にはキャリアの“連続性”を断ち切る要因として働いてしまうことが多い。

一度現場を離れれば、
昇進のレールから外れたり、
復帰後に非正規や時短にシフトせざるを得なかったりする。

その結果、
同年代であっても数年単位で差が開き、
それがそのまま生涯賃金の差へと積み重なっていく。


マッチングアプリは、
その“見えない差”を、雑だけど一気に可視化してくる。

・同年代なのに年収帯が一段違う
・男性のほうが「余裕がある人生設計」に見える

こうした違和感は、
個人の努力の差というよりも、
構造的に積み重なってきた差の結果なのだと思う。


そしてここで重要なのは、
この差が「誰かの悪意」で生まれているわけではない、ということ。

昇進のタイミング
働き方の前提(長時間労働を前提とする設計)
家庭やケアの負担の偏り

そういった無数の小さな前提が積み重なって、
気づいたときには
「見えないアドバンテージ」として固定されている。


マッチングアプリで感じた違和感は、
社会の構造を覗き見てしまった感覚に近い。

そしてそれは、
決して“気のせい”ではない。

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