政治のニュースを見ていると、声の大きい人や、怒りをあおる言葉ばかりが目に入ってくる。
暮らしをよくしたい。差別や貧困を減らしたい。そう願う人たちは、どうすれば声を届けられるのだろう。
ブラジルの大統領選でルラさんを支えた市民の取り組みには、その問いを考える手がかりがある。注目したいのは、大勢の人が情報を受け取るだけでなく、自分でも伝える側に回ったことだ。
ルラさんは、どんな人?
ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバさんは、金属労働者、労働組合の指導者を経て大統領になった政治家だ。
1945年、ブラジル北東部のペルナンブコ州に生まれ、幼いころに家族とサンパウロ州へ移住。
若くして工場で働き、旋盤工の技能を身につけた。
やがて労働運動に加わり、軍事独裁下で賃金や労働条件の改善を求めるストライキを率いた。1980年には労働者党(PT)の結成に参加している。
何度も大統領選に挑み、2002年に初当選。
2003年から2010年までの政権では、低所得世帯への所得移転制度「ボルサ・ファミリア」や最低賃金の引き上げなどを進め、貧困と格差の縮小に取り組んだ。
働いても生活が苦しい。子どもの教育や医療を諦めたくない。
その切実さと結びついてきたことが、ルラさんの政治を理解するうえで大切なのだと思う。
第1回投票の劣勢から、逆転へ
2026年10月25日の決選投票で、ルラさんはフラビオ・ボルソナロ氏を破り、通算4期目の当選を決めた。相手はジャイル・ボルソナロ前大統領の長男である。
ルラさんは第1回投票では2位だった。そこから決選投票で逆転するのは、ブラジル大統領選で初めてのことだと報じられている。
ルラさんが訴えたのは、貧困層への支援、教育や医療などの公共サービス、そして自国の主権を守ることだった。
ただ、政策を掲げれば、必要な人に自動的に届くわけではない。そこで大きな役割を担ったのが、街頭とインターネットの両方で動いた支持者たちだった。
BRAZIL · 2026
第1回投票の劣勢から、逆転へ
ルラさんの勝利は、最初から約束されていたわけではない。 第1回投票では対立候補に後れを取り、決選投票までの約3週間で 支持を広げる必要があった。
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現職のルラさんが、追う立場に
フラビオ・ボルソナロ氏 47.03%ルラ氏 45.16%差は約1.9ポイント。接戦ではあるものの、ルラさんは2位で 決選投票へ。逆転には、ほかの候補に投票した人や、 投票に行かなかった人への働きかけが必要だった。
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WhatsAppの登録者が200万人を突破
ジャノネス下院議員が運営する「Exército do Lula」に、 ルラさん自身も動画で参加を呼びかけた。 動画や文章、ほかのSNSで共有するための呼びかけが届けられ、 支持者が発信に参加する仕組みが育っていった。
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候補者がいなくても、支持者が集まった
サンパウロのパウリスタ通りには、ルラさん本人が不在でも 多くの支持者が集まった。ネット上での発信とともに、 街頭でも支持を示す行動が広がっていた。
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情報を届けるネットワークが1000万人に
WhatsAppチャンネルの登録者が1000万人に到達。 「ミッション」と呼ばれる共有の呼びかけを受け、 支持者がそれぞれのSNSで情報を広めた。
※1000万人はチャンネル登録者数であり、 全員が実際に活動したと確認された人数ではありません。
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街頭でも、最後まで支持を広げる
パウリスタ通りでは、選挙戦最後の大規模な集会が開かれた。 支持者たちは、投票先を決めていない人や、 第1回投票に行かなかった人、別の候補を選んだ人にも 働きかけた。
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逆転勝利。通算4期目の当選へ
ルラさんがフラビオ氏を破り、当選。 ブラジル大統領選で、第1回投票の2位候補が 決選投票で逆転するのは初めてだと報じられている。
情報を共有する人、街頭に集まる人、
身近な誰かに投票を呼びかける人。
劣勢を知った市民が、それぞれに行動する側へ回ったことに、
私は希望を感じる。
「1000万人網」の中心にあったWhatsApp
日本でも報じられた「1000万人網」。その中心は、メッセージアプリWhatsAppの「Exército do Lula」というチャンネルだ。日本語では「ルラ軍団」「ルラの軍隊」などと訳せる。
運営を担ったのは、アンドレ・ジャノネス下院議員。ルラさん自身も動画で参加を呼びかけ、10月7日には登録者が200万人を超えた。23日には1000万人に達したと報じられている。
ここで押さえたいのは、1000万人という数字はチャンネルの登録者数であり、全員が実際に活動したと確認された人数ではないということだ。
また、今回確認できた仕組みの中心は、大規模な配信チャンネルである。「無数の少人数グループが自動的に増えていった」といった説明とは区別して理解したい。
市民は、どう参加したのか
チャンネルでは、動画や文章に加え、それをほかのSNSで広めるための呼びかけが届けられた。「ミッション」と呼ばれる行動の提案を受け、支持者が投稿の共有などに参加する仕組みだった。
流れを整理すると、こうなる。
- チャンネルで、伝えたい情報と行動の呼びかけを受け取る。
- 支持者が、それぞれのSNSで共有する。
- 一人ひとりの発信を通じて、情報の届く範囲を広げる。
私がここから読み取るのは、発信を候補者や広報担当だけの仕事にせず、市民が担える具体的な行動にしたということだ。
「応援したいけれど、何をすればいいか分からない」という人にも、参加の入口ができる。情報を届ける仕事を、多くの人で分担できる。
もちろん、共有した先のSNSでは推薦アルゴリズムの影響を受けるし、WhatsAppも民間企業のサービスだ。企業の仕組みから完全に自由になったわけではない。それでも、参加者へ呼びかけを届ける経路を持つことには意味がある。
スマホの中だけで終わらなかった
市民の参加は、ネット上の共有にとどまらなかった。
現地報道によると、10月11日にはルラさん本人が不在でも、多くの支持者がサンパウロのパウリスタ通りに集まった。投票前日にも大規模な集会が行われた。
また支持者たちは、まだ投票先を決めていない人や、第1回投票に行かなかった人、別の候補に投票した人への働きかけにも取り組んだという。
投稿を共有する。街頭に出る。誰かに投票を呼びかける。その複数の入口が、同じ選挙を支えていた。
この勝利を「SNSの使い方がうまかったから」とだけ説明するのは、足りないと思う。政策への支持があり、現実の行動があり、その間をつなぐ情報の経路があった。
学びたいのは、人数だけではない
ただし、このネットワークの効果だけを切り出して、「これがあったから勝てた」と断定することはできない。
チャンネルをめぐっては、選挙司法による一時停止や再開、登録、発信内容への異議申し立ても報じられている。情報共有の組織化そのものと、個々の情報が正確かどうかは、別々に検証する必要がある。
私は、市民が力を合わせる仕組みに希望を感じる。同時に、参加者が自分で考えられることも大切にしたい。
出典を確かめる。間違いがあれば訂正する。参加しない人を責めない。異なる意見の人への集団攻撃にしない。
そんな姿勢があってこそ、つながりは民主主義を支える力になると思う。
選挙が終わっても、つながりを残す
選挙後には、このチャンネルを維持し、議会で審議される政策について支持者の参加を呼びかける構想も報じられた。
ここにも注目したい。
選挙で一票を投じたあとにも、政策の行方を知り、意見を伝え、必要なら声を上げる。政治に関わる時間は、投票日だけではない。
日本で同じ規模の仕組みをそのままつくる必要はないだろう。まずは身近な人たちとニュースを確かめる場や、地域の困りごとを話せる場を持つことでもいい。
話を聞くだけの日があってもいいし、何か一つ共有するだけでもいい。できる範囲の参加が、次の誰かの参加につながっていく。
ルラさんの逆転を支えた取り組みから、私はそんな可能性を感じた。
自分たちの声を届ける経路を、自分たちでも育てること。
その積み重ねは、遠い国だけの話ではない。私たちの町でも始められる。














