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この記事の目次

迷うくらいなら行ってしまう

— 3月19日、国会前に立って思ったこと —

仕事終わり、3月19日の永田町・国会前のデモに行ってきた。

正直に言うと、行く前は少し迷っていた。

仕事終わりで体は疲れているし、
本当はそのまま帰って休みたかった。

やらないといけないこともあったし、
「今日はやめておこうかな」と、うっすら思っていた。

わざわざ電車に乗って、知らない場所に行って、
人が集まるところに足を運ぶ。

それなりにエネルギーがいることだ。

でも、そういうときに限って、
あとで「やっぱり行けばよかったな」と思うことも多い。

だから今回は、少しだけ自分を動かしてみた。

でも、結果としては思う。
迷うくらいなら、行ってしまうのがいい。

ペンライトの光と、静かな空気

現場に着いてまず印象的だったのは、ペンライトの光だった。
夜の中で、柔らかく揺れる光がとても綺麗で、少し意外だった。

もっと緊張感のある、ピリピリした空気を想像していたけれど、
実際はずっと穏やかだった。

暴力的な雰囲気はまったくなくて、
怒鳴り合いやトラブルも見かけなかった。

ただ、それぞれの思いを持った人たちが、
静かにその場に立っている。

そんな光景だった。

手ぶらでも、一人でもいい場所

私はその日、バタバタしていて何も準備せず、手ぶらで行った。

でも、それで何も問題はなかった。

一人で来ている人も多かったし、
誰かと話してもいいし、話さなくてもいい。

声を上げてもいいし、上げなくてもいい。

そこには、「こうしなければいけない」という空気がなかった。

ただ「そこにいていい」という感覚があった。

偶然出会う人たち

列に並んでいると、前後にいた人たちと少し言葉を交わした。

アイドルオタクのお姉さん、
SEの仕事をしている男性。

特別な活動家というよりも、
それぞれの日常を持っている人たちが、ふらっと来ている。

それがとても自然に感じられた。


距離があっても、つながれる

私はマイクでスピーチしているエリアからは少し離れた場所にいた。

でも、YouTubeのライブ配信でスピーチを聞くことができた。

現地にいながら、別の形でつながれる。

それも、今の時代らしい参加の仕方だなと思った。

報道だけでは見えないもの

こういう場に実際に行ってみると、
ニュースやSNSだけでは分からない空気がある。

もし、こうした現場の様子がもっと丁寧に報道されていたら、
「なんだか怖そう」「自分には関係ない」と思っている人の中にも、
少し見え方が変わる人がいるのかもしれない。

「成功体験」が足りない

今回一番強く思ったのは、これだった。

日本の市民活動には、
「参加しても大丈夫だった」という成功体験が圧倒的に足りていない。

一人で行っていい。
手ぶらでいい。
声を上げなくてもいい。
誰かと話さなくてもいい。

それでも、その場にいていい。

その感覚を一度でも知ると、
次の一歩のハードルはぐっと下がる。

外交と、日常の地続き

最近の国会の質疑や外交のやり取りを見ていると、
相手によって態度を変えているように感じてしまう場面がある。

強く出ることだけが外交なのだろうか。

日本は、エネルギーや食料、医薬品など、
多くを海外に依存している国だ。

だからこそ、対立を深めるのではなく、
近隣の国と協調しながら、冷静に対話していくことが、
私たちの生活にもつながっているはずだと思う。

それでも、小さな一歩を

私たちは、生活を人質に取られているような状態で、
文句を言う余力すら奪われているのかもしれない。

社会のことに関心を持ったり、声を上げたりする前に、
まず「今日を乗り切る」ことで精一杯になってしまう。

大きなことはできないかもしれない。

でも、
「迷ったけど、行ってみた」
その一歩には、確かな意味があると思う。

迷うくらいなら、行ってしまうのがいい。

そう思えた夜だった。

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