
この記事の目次
休みの日にスマホを見てしまう―それは本当に「自己責任」だったのか
──「つながらない権利」が示す、働き方の転換点
休みの日に、ついスマホをチェックしてしまう。
仕事の連絡が来ていないか、無意識に確認してしまう。
この感覚は、
これまで「真面目だから」「責任感があるから」で片づけられてきた。
けれど今年、
この“見えない拘束”をはっきり「拒否していいもの」として扱おう、
という動きが出てきている。
約40年ぶりの労働基準法見直しと「つながらない権利」
1987年以来、約40年ぶりとなる労働基準法の抜本的見直し。
その中で注目されているのが、「つながらない権利」の明確化だ。
勤務時間外や休日の業務連絡に応じないことを理由に、
人事評価を下げたり不利益を与えることを防ぐ――
そんな指針が検討されている。
これまで当たり前のように存在していた、
- 「返さないとやる気がないと思われそう」
- 「見てしまったから対応しなきゃ」
- 「誰かがやらないと回らない」
という“空気”そのものに、
初めて法の言葉が向けられようとしている。
スマホは「便利な道具」であると同時に、拘束の装置でもあった
メールやLINE、チャットツール。
本来は効率化のための技術なのに、
いつの間にか24時間365日つながっている前提ができてしまった。
返信していなくても、
読んだ時点で頭は仕事モードに切り替わる。
これはもう、
「労働じゃない」と言い切れるものだろうか。
「13日連勤禁止」が示す、もうひとつの本気度
今回の改正で、もうひとつ大きいのが
13日を超える連続勤務の禁止だ。
これまでは「4週4休」を満たしていれば、
理論上は48連勤も可能だった。
もし改正されれば、
2週間に1回は物理的に完全な休息が必要になる。
スマホを置く時間が、
個人の気合や勇気ではなく、
法律によって守られる方向へ進もうとしている。
経済成長とのせめぎ合い、それでも流れは止まらない
2025年10月に就任した
高市早苗総理大臣は、
経済成長の観点から労働時間規制の緩和を示唆し、
法案提出が一部見送られる動きも出ている。
ただ、人手不足が深刻化する中で、
「休ませない企業」から人が離れていく現象は、
すでに始まっている。
これは理想論ではなく、
市場原理による圧力だ。
私が一番変わってほしいと思うところ
今回の話で、
私が一番期待しているのはここだ。
個人の良心や責任感に依存する働き方からの脱却
時間外の連絡、休日対応、
「あの人ならやってくれるよね」という前提。
多くの現場は、
誰かの責任感におんぶして、
ギリギリで回ってきた。
でもそれは、
優しさや真面目さを静かに消耗させる構造でもあった。
ただ休めばいい、という話でもない
もちろん、
- 裁量を持って働きたい人
- 頑張った分、正当に評価されたい人
- たくさん働いて、たくさん稼ぎたい人
そういう働き方が否定されるべきではない。
大事なのは、
- 休む権利も
- 働く自由も
- どちらも選べる状態にすること
そのための安全装置としての「つながらない権利」だと思っている。
昭和モデルからの卒業は、ようやく始まったばかり
今回の法改正は、
1947年の「工場労働モデル」から、
現代の自律的な働き方へ向かうアップデートだ。
- 管理は「時間」から「健康」へ
- 評価は「常時接続」から「持続可能性」へ
一気に変わるわけじゃない。
でも、「おかしい」と言っていい言葉が、
ようやく用意され始めた。
「それ、私も苦しかった」
「名前がついて、少し楽になった」
そんな感覚を、
置いておくための記録だ。
個人の責任感を、無限に前借りしない社会へ。
その一歩として、
この変化をちゃんと見ておきたい。














