
この記事の目次
はじめに|「頑張る」だけでは足りなかった
小さな会社に入ると、
最初から明確な役割や評価基準が用意されていることは少ない。
多くの場合、
- とりあえず手を動かす人
- 雑務も含めて何でもやる人
- 空いている穴を埋める人
そんな立ち位置からスタートする。
私も、そうだった。
だから早い段階で、こう考えるようになった。
ここで生き残るには、
ただ頑張るだけでは足りない。
「自分のポジション」を、
自分で作っていく必要がある。
この記事は、
私が実際にやってきた
「小さな会社で、自分の立ち位置を少しずつ獲得していく方法」
についての記録です。
派手な成功談ではありません。
ただ、静かに効いたやり方の話です。
小さな会社の現実
まず前提として、小さな会社には特徴がある。
良いところ
- 決裁者との距離が近い
- ルールが固まりきっていない
- 実験的なことが許されやすい
しんどいところ
- 評価基準が曖昧
- 仕事が属人化しやすい
- 「何をしている人か」が伝わりにくい
つまり、
成果を出しても、
形にして伝えなければ
無かったことになりやすい
という世界でもある。
日報習慣の原点は、前職にあった
今、私が続けている
「出勤時・退勤時に日報を送る」というスタイルは、
今の会社で思いついたものではない。
前職で、
ECサイト運営のポジションとして入社した際、
すでに求められていた業務習慣だった。
その会社は機械整備系の会社で、
- 営業職
- メカニック職
- ECサイト運営(私のような職種)
と、職種はバラバラだったが、
全員に日報提出が求められていた。
日報の形式は、とてもシンプルだった
当時のやり方は驚くほど簡単だった。
- 出勤時:その日にやることの予定
- 退勤時:実際にやった業務の報告
これを、
社内のメッセンジャーアプリで
上長に送るだけ。
厳密なフォーマットもなく、
文章量の指定もない。
ただ私は次第に、
これを自主的なルーティンとして
回すようになっていった。
「報告」がコミュニケーションになる感覚
日報には、
- 任されている仕事の進捗
- 今日どこまで進んだか
- 作業しながら考えたこと
- 次に気をつけたい点
なども簡単に書くようにしていた。
すると、
- 毎回ミーティングをしなくても
- 改まった報連相をしなくても
上長と意思疎通が取れている感覚が生まれた。
こちらは
「ちゃんと見てもらえている」と感じられるし、
上長側も
「今どこをやっているか」が分かる。
日報は、
管理のためのものというより、
仕事の進捗と、
思考の途中経過を
共有するための“回路”
になっていた。
今の会社でも続けていること
現在の職場でも、私はこの習慣を続けている。
- 出勤時:今日のタスク
- 退勤時:業務報告(日報)
これを毎日、
上長に直接送っている。
ここで意識しているのは、
- 感想を書かない
- 愚痴を書かない
- 事実と進捗を淡々と書く
ということ。
アピールではなく、
業務ログを残すための日報だ。
業務ログを「見える場所」に置く
ただし、日報は流れて消えてしまう。
そこで私は、
社内ツールのWikiに
自分の業務日報をまとめたページを作った。
これは制度でも、
誰かに求められたものでもない。
あくまで個人ログだ。
- 何をしている人なのか
- どんな改善を積み上げているのか
が、
見ようと思えば誰でも確認できる状態。
ここで大事にしているのは、
誰かを管理しないこと
組織を変えようとしないこと
ただ
「自分の仕事を、後から説明できる形にする」
それだけ。
なぜこのやり方が効くのか
この方法は、とても地味だ。
- 目立たない
- 主張が強くない
- 即効性もない
でも、
- 反論されにくい
- 嫉妬されにくい
- 信頼が静かに積み上がる
という特徴がある。
ある日ふと、
「これ、ナツメさんに聞けば分かるよね」
と言われ始めたら、
それがポジションの芽だと思っている。
お金の決済権のある人に、どうやったら見てもらえるのか
仕事をしていると、
「ちゃんとやっているのに評価されない」
「なぜかポジションが上がらない」
そんな違和感を抱くことがある。
私自身も、そういう場面を何度も通ってきた。
その中で、はっきりと分かったことがある。
評価されるかどうかは、努力量よりも
“誰の目線で仕事を組み立てているか”で決まる、ということだ。
評価を決めているのは、誰か
現場で一緒に働く人に「助かります」と言われること。
忙しさや大変さを理解してもらうこと。
それらは、もちろん無駄ではない。
でも、
昇給や裁量、ポジションを決めているのは、
その人たちではないことが多い。
判断しているのは、
- その業務にいくらお金をかけるか
- 誰にどこまで任せるか
- その人が抜けたときに会社は困るか
そういったことを考えている、
お金の決済権を持つ人だ。
ここを見誤ると、
どれだけ誠実に働いても、
評価と手応えが噛み合わなくなる。
頑張っているのに評価されない人のズレ
評価されにくい人の多くは、
「現場で見える頑張り」を丁寧に積み上げている。
- 作業量が多い
- 忙しい
- 対応件数が多い
- 誰よりも動いている
どれも事実だし、立派だ。
ただ、それは
決済権のある人にとっての判断材料とは別物だったりする。
判断材料になるのは、もっと冷たい情報だ。
- その仕事は、コストを減らしたか
- 再現性があるか
- 属人化していないか
- 放置しても回るか
つまり、
「この人に任せると、会社として楽になるかどうか」。
ここが見えていないと、
努力は“善意”のまま消えていく。
私が日報の書き方を変えた理由
私が日報や業務報告を書くとき、
意識していたことがある。
それは、
「この文章を、決済権のある人が読んだら
どう判断できるか」という視点だった。
作業内容の羅列ではなく、
- 何が改善されたか
- どの工程が短縮されたか
- 次に誰がやっても同じ結果が出るか
そういった
判断に使える情報を書くようにしていた。
「今日は忙しかった」ではなく、
「このやり方にしたことで、次回から◯分短縮できる」。
この差は小さいようで、
見る側に与える印象はまったく違う。
見てもらうために、主張しなくていい
ここで勘違いしやすいのだけど、
これは「アピールしろ」という話ではない。
声を大きくすることでも、
評価を求めることでもない。
判断しやすい材料を、静かに置き続ける。
それだけでいい。
決済権のある人は忙しい。
だからこそ、
- 読めば状況が分かる
- 任せても大丈夫だと判断できる
- 細かく指示しなくて済む
そう感じさせるアウトプットは、
確実に記憶に残る。
ポジションは、奪うものではなく「成立する」もの
ポジションを取る、というのは
競争に勝つことでも、
自己主張を通すことでもない。
「この人がいると、判断コストが下がる」
そう思ってもらえる状態が、
自然にポジションを成立させる。
お金の決済権のある人に、
どう見えるか。
この視点を持てるかどうかで、
同じ仕事でも、
その先の景色は大きく変わる。
ポジションは「役職」ではなく「回路」
小さな会社でのポジションは、
- 肩書き
- 役職
よりも、
情報が集まる
判断材料が揃っている
説明できる
この状態で決まることが多い。
私は
「評価してください」と言わずに、
評価せざるを得ない材料を
淡々と置き続けただけだ。
環境の話もしておく
正直に言うと、
このやり方ができているのは
今の会社の自由度が高いから、という側面もある。
でも大事なのは、
自由度のある環境を
ちゃんと使えるかどうか
自由は、
使い方を間違えると
ただの放置になる。
おわりに|生存戦略としての仕事のやり方
私は、
会社を変えたいわけでも
出世したいわけでもない。
ただ、
自分がここにいる意味を
説明できる状態でいたい
それだけだ。
小さな会社で生き残るには、
声を大きくするより、
静かに積み上げる方が
強い場面もある。
この文章が、
同じように
「下から入った人間」として働いている誰かの、
焦りを少しだけ和らげるものになれば嬉しい。















