「思想が強い女」が勝ち取った権利。結婚しても、30歳になっても働けるのは当たり前じゃなかった。
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「思想が強い女」

最近、SNSではそんな言葉が半ば揶揄するように使われることがあります。

でも私は思うんです。

その「思想が強い女」たちがいたからこそ、今の私たちは当たり前に働けているのではないか。

実は、今から約60年前まで、日本では女性が結婚したら退職することや、30歳で定年になることを当然とする会社が少なくありませんでした。

今では信じられない話ですが、これは本当にあったことです。


この記事の目次

女性は「結婚したら辞める」が当たり前だった時代

高度経済成長期の日本では、多くの企業が

  • 女性は結婚したら退職
  • 出産したら退職
  • 男性は一家の大黒柱
  • 女性は家庭に入るもの

という考え方を前提に制度を作っていました。

女性社員に「結婚したら退職します」という誓約書を書かせる企業まであったのです。

今なら驚く人も多いでしょう。


住友セメント事件――「結婚退職制」は違法とされた

1966年、住友セメント事件では、結婚を理由に女性社員を退職させる制度が争われました。

裁判所は、

女性だけに結婚退職を義務づける制度は、公序良俗に反し無効

と判断しました。

つまり、

「結婚しても働き続ける権利」

は、誰かが裁判で勝ち取った権利なのです。


東急機関工業事件――女性だけ30歳定年?

さらに驚く制度もありました。

ある会社では

  • 男性の定年:55歳
  • 女性の定年:30歳

という規則が存在していました。

1969年の東急機関工業事件では、この制度が裁判で争われます。

裁判所は、

女性だけを30歳で定年にする合理的な理由はなく、公序良俗に反する

と判断しました。

今では考えられない制度ですが、当時は「普通」とされていたのです。


当たり前は、誰かが戦って作ってきた

私は35歳です。

今、鍼灸師として働いています。

35歳で国家資格を持ち、新しい仕事に挑戦できている。

これは当たり前のように感じるかもしれません。

でも、もし60年前だったら。

「30歳だから退職してください。」

「結婚するなら辞めてください。」

そう言われていた可能性があります。

私は今の仕事を始めることすらできなかったかもしれません。


「思想が強い女」を笑う前に

「フェミニスト」

「思想が強い」

そんな言葉で女性の権利を主張する人を揶揄する声もあります。

もちろん、どんな立場にも様々な意見があります。

しかし、少なくとも歴史を振り返れば、今では当たり前になっている多くの権利は、声を上げた人たちの積み重ねによって実現してきました。

結婚しても働けること。

30歳を過ぎても仕事を続けられること。

育児休業や男女雇用機会均等法なども含め、「今の当たり前」は自然に与えられたものではありません。


だから私は歴史を知っていたい

歴史を知ることは、特定の思想に染まることではありません。

「今、自分が当たり前だと思っていることは、どうやって実現したのだろう。」

そう考えることです。

誰かが「おかしい」と声を上げなければ、社会は変わりません。

だから私は、「思想が強い女」という言葉を聞くたびに思います。

その人たちがいたから、今の私は35歳で鍼灸師として働けているのかもしれない。

それなら私は、その歴史に敬意を払いたいと思います。


参考になった判例・資料

  • 住友セメント事件(1966年・東京地方裁判所判決)
  • 東急機関工業事件(1969年・東京地方裁判所判決)
  • 男女雇用機会均等法(1985年制定・1986年施行)

※補足
住友セメント事件・東急機関工業事件は、その後すぐに全国の制度が一斉に変わったというわけではありません。しかし、女性のみを対象とした結婚退職制や若年定年制の見直しを促す重要な判例となり、その後の法制度や雇用慣行の改善に大きな影響を与えました。

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