100年前の言葉が、いまも私たちを励ます──山川菊栄『労働階級の姉妹へ』を読む|現代にも通じる思想
このページにはアフィリエイトリンクが含まれます。
リンクを経由してご購入いただけると、サイト運営の大きな支えになります。いつもありがとうございます。

「私たちはいつ私たち自身の魂を形成する権利を彼らの手にゆだねたのか……。

姉妹よ、まずかく疑うことを習え。

1918年に書かれたこの言葉です。

私は初めて読んだとき、思わず「これ、本当に100年以上前の文章なの?」と驚きました。

この記事の目次

山川菊栄とは誰だったのか

山川菊栄(1890〜1980)は、日本を代表する女性運動家であり、評論家です。

『青鞜』での論争をはじめ、「母性保護論争」「産児調節論争」「労働組合婦人部論争」など、当時の重要な社会問題に積極的に参加しました。戦後は初代労働省婦人少年局長として女性や年少労働者の権利向上に尽力し、その後も評論家・研究者として多くの後進を育てました。

しかし、彼女の魅力は「女性運動の先駆者」という肩書だけでは語り尽くせません。

彼女は、社会の「当たり前」を疑い続けた思想家でもありました。


「まず疑うことを習え」

山川菊栄が問いかけたのは、単なる男女の対立ではありません。

私たちはいつ私たち自身の魂を形成する権利を彼らの手にゆだねたのか……。

姉妹よ、まずかく疑うことを習え。

この「彼ら」とは、男性だけとは限りません。

国家かもしれない。

会社かもしれない。

家族かもしれない。

学校かもしれない。

あるいは、SNSのアルゴリズムやインフルエンサーかもしれません。

「みんなが言っているから。」

「昔からそうだから。」

「常識だから。」

そうした価値観を無批判に受け入れるのではなく、一度立ち止まって考えてみる。

山川菊栄が伝えたかったのは、そんな知的な姿勢だったのではないでしょうか。


100年前とは思えない先見性

驚くのは、彼女が取り組んだテーマです。

例えば、

  • 男女の賃金格差
  • セクシャルハラスメント
  • リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
  • 夫婦別姓
  • 女性の労働環境

どれも、2026年の今なお議論されている問題ばかりです。

資料でも、山川菊栄の思想は「リプロダクティブヘルス/ライツ、セクシャルハラスメント、夫婦別姓問題、同一価値労働同一賃金など、現代的課題につながる先見性に満ちている」と紹介されています。

100年前の人物が、ここまで現代社会を見通していたことに驚かされます。


「同じ仕事なら同じ賃金」を訴えた

山川菊栄は1925年にこう書いています。

男女の賃金に差をつけることがどれほど有害な結果を生んでいるかを知る以上、差別撤廃のために戦わなければならない。

現在では「同一労働同一賃金」という考え方が広く知られるようになりました。

しかし、100年前にこれを主張することは決して当たり前ではありませんでした。

女性だから安く働かせてもいい。

そんな価値観が社会に根付いていた時代に、山川菊栄は真正面から異議を唱えたのです。


痴漢も「社会の問題」だった

さらに印象的なのが、1928年の文章です。

彼女は、電車内で女性が受ける「悪戯(痴漢)」や、街中で女性に向けられる侮辱的な言動について、それらは暴行と共通する性質を持つと指摘しています。

今では「性暴力は被害者だけの問題ではなく、社会全体の問題である」という考え方が広がっています。

その視点を、山川菊栄は100年近く前から提示していたのです。


女性だけの話ではない

山川菊栄を読むと、「女性のための思想家」というイメージだけでは足りないと感じます。

彼女が問い続けたのは、

「誰が価値観を決めているのか。」

「その価値観を、自分は本当に納得して受け入れているのか。」

という、人間の自由そのものです。

だからこそ、彼女の思想は男性にも、若い世代にも、多くの人に読まれる価値があります。


労働階級の姉妹へ

絶望的な嗟嘆を招かしめたのであることを思えば、日本における同様の試みがさらに幾倍の困難に遭遇すべきことは当然予想されねばならない。これをもって痴人の夢と見る人のあるのも是非ない次第である。

とはいえ、私たちは単なる絶望に甘んずることができましょうか。世界のうち、私たち日本の姉妹のみ、永久に自己のために戦い、自己のために生きんとする高尚なる欲望、貴重なる向上心に眼覚むるの折なく、単なる慈善、救済、憐憫の目的物として奴隷の存在を続くることに甘んじえようか。

私たち知識階級の婦人は永久に、私たちより不幸なる姉妹を見殺しにしなければならないのであろうか。

否、否、私は日本の女の一人として、日本の女の力を信ぜずにはいられない。その未来を信ぜずにはいられない。

「万国の労働者団結せよ」、この一語を借いて労働婦人の現状を救うものがあろうか。この一語のほかに労働婦人の前途を照らす光明があろうか。

私は労働階級の姉妹の間におけるこの一語の宣伝をもって終生の使命としたい。そして同じ使命に任ぜんとする同志の婦人の輩出を切望せざるをえない。

然り、ああ姉妹よ、「万国の労働者団結せよ。」

ー労働階級の姉妹へ

現代語訳

もし、これまでの女性たちの挑戦が何度も挫折してきた歴史を考えれば、日本で同じことを実現しようとするのが、さらに困難なのは当然でしょう。

だからといって、「どうせ無理だ」と諦めてしまっていいのでしょうか。

世界中で、日本の女性だけが、いつまでも自分自身のために生き、自分の権利のために闘い、より良い人生を求めることなく、ただ慈善や同情の対象として扱われ続けてよいのでしょうか。

知識を持つ女性たちは、自分たちより厳しい立場に置かれた働く女性たちを、このまま見捨ててしまってよいのでしょうか。

私は、決してそうは思いません。

私は、日本の女性の力を信じています。
そして、日本の女性たちの未来を信じています。

万国の労働者よ、団結せよ。

この言葉以上に、働く女性たちを救う力を持つ言葉があるでしょうか。
この言葉以上に、働く女性たちの未来を照らす光があるでしょうか。

私は、この言葉を働く女性たちの間に広めることを、生涯の使命にしたいと思います。

そして、同じ志を持つ仲間の女性たちが、一人でも多く現れることを心から願っています。

そうです。
姉妹たちよ、万国の労働者よ、団結しましょう。

私がこの文章を読んで思ったこと

100年以上前に書かれた文章なのに、驚くほど今の時代にも通じます。

山川菊栄は、「女性はかわいそうだから助けてもらおう」と言っているのではありません。

女性自身が学び、声を上げ、連帯して社会を変えていこう。

そう呼びかけています。

私たちが今当たり前だと思っている「結婚しても働けること」「女性が自分で職業を選べること」は、こうした先人たちが声を上げ続けた結果として勝ち取られた権利です。

それでも今なお、賃金格差や非正規雇用、育児や介護との両立など、働く女性を取り巻く課題は少なくありません。

だから私は、この言葉を「昔の話」として終わらせたくありません。

先人たちが未来を信じてつないできたバトンを、今を生きる私たちも受け取り、次の世代へ渡していきたい。

そんなことを、この一節を読みながら考えました。

今だからこそ読みたい

最近、SNSでは意図的に情報を拡散したり、人々の感情を動かしたりする仕組みが問題になることがあります。

私たちは毎日、スマートフォンを通じて大量の情報を受け取っています。

でも、その情報は誰が作り、どんな意図で届けられているのでしょうか。

山川菊栄が1918年に残した、

「まず疑うことを習え。」

という言葉は、100年前の女性たちだけに向けられたものではありません。

情報に囲まれた現代を生きる私たち一人ひとりへのメッセージでもあるように思います。


おわりに

歴史を学ぶ意味は、過去の偉人を知ることだけではありません。

その時代を生きた人が、何に怒り、何を守ろうとし、どんな未来を願ったのかを知ることで、今の社会を見つめ直すことができます。

山川菊栄は、女性の権利を守るために闘った人でした。

同時に、自分の頭で考え、自分の人生を選び取ることの大切さを教えてくれた思想家でもあります。

100年以上前の彼女の言葉は、今なお色あせることなく、私たちに問いかけ続けています。

「私たちはいつ私たち自身の魂を形成する権利を彼らの手にゆだねたのか……。姉妹よ、まずかく疑うことを習え。」

コーヒー1杯ぶんの応援をいただけると嬉しいです☕️

この場所が、
誰かの「考えるための避難所」になっていたら嬉しいです。

ブログ活動のサポートとして、
コーヒーをご馳走していただけると励みになります ☕

Xでフォローしよう

おすすめの記事