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※この記事は、現在の政治状況をもとにした一つの分析・仮説です。事実として断定するものではありません。

最近、SNSで

「高市首相に全部汚れ仕事をやらせて、最後は切るつもりなのではないか」

という意見を目にしました。

私はこれを読んで、「あり得ない話ではない」と感じました。
高市首相は麻生氏のおかげで首相になれたようなものだから。
恩義があるわけだろうし、山ほど汚れ仕事を押し付けて批判を一身に受けて辞めてもらう。
自民党の歴代の総理大臣はそんな風な流れでの辞職が多いです。

もちろん証拠があるわけではありません。

しかし政治は「誰が正しいか」よりも、「組織がどう動くか」を見ると、違った景色が見えてきます。

この記事の目次

高市政権なってから国民の総意無視でぶち込んで来た法案

高市政権になって現在、議論が進んでいるテーマには、

  • 国家情報機関の創設
  • 国旗損壊罪(刑法学者たちも不要だと言っている)
  • 皇室典範(宮内庁や学者の反対意見を出している)
  • 安全保障
  • 憲法改悪

など、世論が大きく割れるものが並んでいます。

これらは高市首相が以前から主張してきた政策とも重なる部分があります。
憲法の前文のことを「非常におめでたい」「憲法を変えられる機会があるなら真っ先に削除したい」と発言している。

つまり、高市首相自身にも政策的な意思はあります。

「全部押し付けられている」とは単純には言えませんが自民党の偉い人やサポーター(特に票田の宗教団体)たちが喜ぶ法案を急いで通そうとしています。

当初、声高に言っていた物価高対策に関して何もしていませんよね。

皇室典範は特にステークホルダーの麻生氏の悲願のようです。
ステークホルダーが身内にいるのに、その身内のための法案を通そうとするのって私欲が強すぎませんか。
学者からの反対意見も多いです。

「誰のための政治なのか」

私には、高市首相が総理大臣になるために力を貸してくれた人たちへ、政治という形で恩返しをしているように見えます。

実際に政権発足後に進められている政策を見ていると、私には、その恩返しの対象の中に「国民全体」が十分に含まれているようには感じられません。

もちろん、政治家は支援者への感謝を忘れてはいけないでしょう。

しかし、その感謝と、国を治めることは別の話です。

私が理想だと思うのは、イタリアのジョルジャ・メローニ首相が繰り返し語ってきたような、「イタリア国民の利益を守り、国民から負託された責任を果たす」という姿勢です。

政治家は選挙で選ばれます。

だから、応援してくれた人や支援者への感謝は当然あるでしょう。

ですが、当選した瞬間から、その政治家は支持者だけの代表ではなく、国民全体の代表になります。

票を入れてくれた人のためだけに政治をする。

支援してくれた人だけに利益を返す。

票にならない人には目を向けない。

もしそうだとすれば、それは私が考える「民主主義の政治」とは違います。

政治家は、自分に投票しなかった人も含めて、この国に暮らすすべての人のために政治を行う責任があります。

だから私は、「誰が首相なのか」以上に、「誰のために政治をしているのか」を見続けたいと思っています。

昔の自民党は、そうではなかったような気がするんだけどだいぶ腐ってしまったよね。

維新、国民民主、参政党、チームみらいも自民党と異なるようでそうではない仲良し政党なので
選挙の演説などで騙されてはいけませんよ。

入り口は違っても出口は一緒です。


初の女性首相が「使い捨て」にならないことを願う

これは私の仮説に過ぎません。

しかし、もし本当に、

批判を集める政策を一人に集中させ、
役目が終われば交代させ、
そして

「やっぱり女性首相ではダメだった」

という空気だけが社会に残るのだとしたら。

それは、高市早苗さん個人の問題ではありません。

女性が政治のトップに立つ機会そのものを後退させることになります。

自民党内での初の女性総理大臣に対する扱い方も、ひどいものではないでしょうか。

ですが、たとえ支持・不支持に関係なく、一人の政治家に批判だけを背負わせて組織が責任を回避するような政治には強い違和感があります。

本当に問われるべきなのは、誰が首相だったかではありません。

その政策を誰が決め、誰が賛成し、誰が責任を負うのか。

民主主義では、その「構造」こそを私たちは見続ける必要があるのではないでしょうか。

それでも感じる違和感

私が気になるのは、

政治的コストを誰が負うのか

という点です。

もし反発が強い法案が続けば、

批判の矛先は政党全体ではなく、首相個人へ向きやすくなります。

すると、

「首相を交代させればリセットできる」

という構図が生まれます。

これは日本だけではなく、多くの国の政治でも見られる現象です。


「スケープゴート」という可能性

SNSでは

「高市首相がスケープゴート(責任を集中して負わされる存在)になるのでは」

という意見もありました。

確かに、

組織が批判を避けたいとき、

一人のリーダーへ責任を集中させることは珍しい話ではありません。

もしそうなれば、

政党は

「問題だったのはあの人だった」

という形でダメージを最小限にできる可能性があります。


だからといって断定はできない

ただし、

ここで大切なのは、

これは現時点では仮説に過ぎない

ということです。

高市首相自身が望んで進めている政策もありますし、

党内の意思決定がどのように行われているかは外部からは分かりません。

現時点で

「自民党が意図的に利用している」

と断定できる証拠はありません。

だから私は、

この見方を一つの可能性として考えているだけです。


私たちは「構造」を見る必要がある

政治を見るとき、

誰を好きか、誰を嫌いかだけでは見えてこないものがあります。

本当に見るべきなのは、

  • 誰が利益を得るのか
  • 誰が責任を負うのか
  • 誰が批判を引き受けるのか
  • 誰が最後まで残るのか

という「構造」です。

その構造を見続けた結果、

今回のような仮説が生まれました。

この仮説が正しいかどうかは、今後の政権運営や人事、法案成立後の責任の取り方によって検証されていくでしょう。


政治に関しては「こういう見方もできるのではないか」

そんな仮説を持ちながら、事実を追い続けることが大切だと思っています。

少なくともこれまでと今の自民党の動きを見ているとこうなのかな、と思いました。

自民党のバックにいる日本会議や他の宗教団体が
選挙の時になぜ一丸となれるのか。

「女、子どもは黙ってろ」
のスローガンで一致できる。と長年政治を追ってきている菅野完さんは言います。

私はこの菅野さんの言葉でかなり納得がいきました。
この国のおっさん社会は女の給料は低く設定するし子どもの人権も無いようなもの。

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