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NHKのニュースで、既婚であることを隠して交際し、女性を妊娠・出産させた男性に対して460万円余りの賠償が命じられたという記事を読んだ。

正直、私は「安い」と思った。

もちろん460万円という金額そのものは決して小さくない。

でも、この件で失われたものは、本当に460万円で換算できるものなのだろうか。


この記事の目次

奪われたのはお金ではなく時間だった

独身だと信じて付き合う。

結婚できるかもしれないと思う。

将来の生活を想像する。

子どもができる。

そしてある日、相手に家庭があったことを知る。

失われるのは恋愛だけではない。

「その人と築くはずだった未来」そのものが崩れる。

さらに残酷なのは、人生の時間は戻らないことだ。

20代後半や30代前半。

結婚や出産を考える時期。

その数年間に別の出会いがあったかもしれない。

別の人生を選べたかもしれない。

もちろん、「あの人と出会わなければ必ず結婚できていた」とは誰にも証明できない。

だから裁判所もそこまでは補償しない。

でも、当事者の感覚としては、

「お金より時間を返してほしい」

なのではないだろうか。


法律は「失われた可能性」を補償できない

裁判は事実と損害を扱う。

精神的苦痛。

生活上の不利益。

養育費。

実際に発生した損害。

一方で、

  • 若い時期を失ったこと
  • 他の人と出会う可能性
  • 結婚できたかもしれない未来
  • 人を信じる気持ち

こうしたものは金額に換算しにくい。

だから判決と被害感情の間には、いつも大きな温度差が生まれる。

「460万円しか取れないのか」

という怒りは、法律への怒りというより、

「人生の損失を数字にできない」

ことへの怒りなのかもしれない。


信じた側が悪いのだろうか

こういうニュースには必ず、

「見抜けなかったのが悪い」
「騙されるほうも悪い」

という声が出てくる。

でも、人は好きになった相手の言葉を信じる。

結婚するつもりだと言われれば信じる。

離婚する予定だと言われれば期待してしまう。

信頼がなければ、人間関係そのものが成立しない。

だから私は、「信じたこと」を責める社会には少し違和感がある。

責任があるのは、意図的に事実を隠した側ではないのか。


失われた時間は戻らない

460万円は安い。

そう感じた。

でも本当に欲しかったものは、最初からお金ではない。

返してほしいのは、数年間の時間。

信じていた未来。

安心して人を好きだった自分。

法律はお金を支払わせることはできる。

けれど、失われた時間を取り戻すことはできない。

だからこそ私たちは、恋愛や結婚の問題を「自己責任」の一言で片づけず、

誰かの人生の時間を奪うことの重さについて、もう少し真剣に考えてもいいのではないだろうか。

「独身証明書」と書くようになった理由

実は私自身、マッチングアプリのプロフィールにこんな一文を書いていた。

「昨今の事情から、仲良くなった場合には独身証明書を見せていただく可能性があります。」

少し堅い文章かもしれない。

警戒しすぎだと思う人もいるかもしれない。

でも、独身偽装や既婚者の恋愛トラブルの話を聞くたびに、自分の身は自分で守るしかないとも感じている。

以前実際に会った男性にその話をしたところ、

「僕、ちゃんと取ってきますから!」

と言われたことがあった。

私は、

「もちろん信じていますけど、魔除けのお札みたいな感じなんですよ」

と伝えた。

すると相手も笑っていた。

本当に誠実な人は、こうした事情を理解してくれることが多いのかもしれない。


疑われるのは、誠実な人たちでもある

独身を装って交際する人。

離婚予定だと嘘をつく人。

そうした不誠実な人がいることで、本気でパートナーを探している人まで疑われる。

「本当に独身ですか?」

「本当に結婚する意思がありますか?」

そんな確認が必要になる。

これは男性にとっても迷惑な話だと思う。

真面目に出会いを探している人ほど、他人の不誠実さの後始末をさせられている。

だから私は、独身証明書を求めることを「疑っている」のではなく、

「お互いが安心して信頼するための仕組み」

だと思っている。


不誠実な人には、恥を知ってほしい

法律がどこまで裁けるかは分からない。

慰謝料が460万円なのか、1000万円なのかという議論もある。

でも、私がいちばん思うのは、

不誠実な人には、恥を知ってほしい。

ということだ。

人の時間を奪うこと。

人生設計を壊すこと。

信じる力を傷つけること。

それは単なる恋愛トラブルではない。

そして、その代償を払うのは当事者だけではない。

これから真面目に誰かと出会おうとしている人たちまで、その影響を受けている。

だからこそ、「たかが恋愛の話」で終わらせてはいけないのだと思う。

なぜ私はこのニュースにこんなに心が動いたのだろう。

それはきっと、誰かを信じることの危うさや、失われる時間の重さを、少しだけ自分のこととして感じているからだ。

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