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この記事の目次

自民も維新も参政党よ「その汚い手で憲法に触るな」―― 私たちは「怒らないといけない」フェーズにいるのかもしれない
「生命・生活・尊厳」という言葉に立ち止まった

書き起こしーX @achira49さん


5月29日に国会前で行われた「戦争させない緊急アクション」での、本田由紀さん(東京大学大学院教授)のスピーチを書き起こしで読んだ。

現場に行くことはできなかったが、Xで公開されていた書き起こしを通じて、その言葉に触れることができた。

まず、この長いスピーチを書き起こして公開してくださった Xの @achira49 さん に感謝したい。

誰かが記録しなければ、その場で消えてしまう言葉がある。

そして、その言葉を受け取ることができるのは、こうした地道な作業をしてくれる人がいるからだ。

本田さんはスピーチの中で、社会のあるべき姿を

「すべての人の生命・生活・尊厳が守られる社会」

と表現していた。

私はこの言葉に強く惹かれた。


健康は身体だけの問題ではない

鍼灸師として患者さんと向き合っていると感じる。

不調の原因は身体だけではない。

仕事のストレス。

低賃金。

介護。

育児。

将来への不安。

人間関係。

お金の問題。

社会保障の問題。

患者さんの身体には、その人が置かれた環境そのものが現れる。

だから私は、

「健康」

という言葉を聞くとき、

身体だけではなく、

その人の生活全体を思い浮かべる。

生命。

生活。

尊厳。

この三つは切り離せない。


もう「怒ってもいい」ではない

スピーチを読んでいて浮かんだ言葉がある。

それは、

もう「怒ってもいい」フェーズではなく、「怒らないと殺される」フェーズに移りつつあるのではないか。

という感覚だ。

もちろん、これは誰かに暴力を向けろという意味ではない。

私が言いたいのは、

戦争だけが人を殺すわけではないということだ。

貧困。

差別。

社会保障の切り捨て。

医療へのアクセス格差。

孤立。

排除。

こうしたものもまた、人の命を奪う。

ゆっくりと。

静かに。

見えにくい形で。

だからこそ、

怒りは決して悪い感情ではない。

何か大切なものが傷つけられているとき、

怒りはそれを知らせる警報になる。


憲法は誰のためにあるのか

憲法は国家権力を縛るために存在する。

権力を持つ人たちが暴走しないように。

少数者の権利が踏みにじられないように。

戦争の惨禍を繰り返さないように。

だから、

「その汚い手で憲法に触るな」

という言葉は、単なる罵倒ではないのだと思う。

憲法の理念を軽んじるな。

人間の尊厳を軽んじるな。

その叫びなのだと思う。

HOPEPUNKという生存戦略

私は最近、「HOPEPUNK」という言葉が好きだ。

絶望的な状況でも希望を手放さない。

世界が悪くなっているように見えても、

人間の尊厳を信じ続ける。

それがHOPEPUNKだと思っている。

希望とは楽観ではない。

「なんとかなる」と目を背けることでもない。

現実を見つめた上で、

それでもなお諦めないこと。

声を上げること。

手を取り合うこと。

行動すること。

そのために必要な感情の一つが、

実は「怒り」なのかもしれない。


生きられる社会のために

私は政治家ではない。

研究者でもない。

ただの一人の鍼灸師だ。

それでも、

患者さんの身体を通して、

社会の歪みを見ている。

だから思う。

人の生命。

生活。

尊厳。

これらを守ることは、特別な思想ではない。

社会の最低限の土台だ。

希望を諦めないために。

人が人らしく生きられる社会のために。

私はこれからも考え、学び、そして必要な時には声を上げていきたい。


参考

「戦争させない緊急アクション」(2026年5月29日 国会前)
本田由紀さん(東京大学大学院教授)スピーチ書き起こし
記録・公開:X @achira49 様

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