労働時間、もっと短くならないの?——「#6666運動」に感じた、生活を取り戻す希望
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仕事から帰って、ごはんを食べて、お風呂に入る。洗濯や片付けをしていたら、もう寝る時間。ようやく迎えた休日も、疲れを回復させるだけで終わってしまう。

これでは、何のために働いているのか分からなくなる。

私は働くこと自体を否定したいわけではない。仕事のやりがいも、人の役に立てる喜びもある。それでも思う。

労働時間って、もっと短くならないの?

「6時間労働」という願い

しんぶん赤旗日曜版11月1日号で、「#6666運動」を紹介する記事を読んだ。

記事によると、6時間の労働、6時間の趣味、6時間の睡眠、6時間の家事という配分を掲げ、労働時間の短縮を求める声がSNSで広がっているという。

私は、この数字どおりに生活を四等分したいわけではない。睡眠はもっと必要な人もいるし、家事やケアの負担も人によって違う。通勤時間をどこに入れるかという問題もある。

でも、この呼びかけには大きな意味があると思う。

一日の大半を仕事に差し出す生活を、当たり前にしなくていい。

「もっと自分の時間がほしい」と言葉にしていい。そのことに、私は希望を感じた。

8時間働いたら、残り16時間は自由なのか

たとえば、労働8時間に休憩1時間、往復の通勤2時間が加われば、仕事に関連する時間は11時間になる。

さらに、出勤前の身支度、食事、洗濯、掃除、買い物。子育てや介護がある人には、そこに欠かせないケアの時間が重なる。

勤務時間の外にいるからといって、そのすべてが自由時間になるわけではない。

私は本を読みたいし、文章も書きたい。身体を動かしたいし、地域の人と話す場にも参加したい。何もせず、ぼんやりする時間だってほしい。

そのための時間を、睡眠や休息から削り取る生活にはしたくない。

時間を減らしても、暮らせる給料が必要

赤旗の記事には、収入を増やすために長く働きたいと話す若者も登場する。

この声を、長時間労働を望んでいるのだと片付けることはできない。短い時間の労働では生活できないのなら、長く働くしかなくなってしまう。

だから、私が求めたいのは、単に勤務時間を減らすことではない。

生活できる賃金を保障しながら、働く時間を短くすることだ。

時給がそのままで、8時間勤務を6時間勤務に変えれば、単純計算では収入が25%減る。同じ収入を保つには、時給を約33%引き上げる必要がある。

「時短したければ収入減を受け入れてください」では、選べる人が限られてしまう。足りない生活費を副業で補うことになれば、働く時間の合計は減らない。

賃上げと労働時間の短縮は、一緒に考える必要がある。

同じ仕事を6時間に詰め込むだけでは困る

もう一つ気になるのは、勤務時間だけ短くして、仕事量も人員もそのままにされることだ。

休憩を取れなくなったり、家に仕事を持ち帰ったり、勤務記録に残らない作業が増えたりしたら、生活を取り戻したことにはならない。

とくに、施術や接客、医療、介護など、人と向き合う仕事では、目の前の人に必要な時間まで削るわけにはいかない。

必要なのは、人を増やすこと、不要な業務を減らすこと、仕事の配分や予約の入れ方を見直すこと。そのための費用や仕組みも含めて変えていくことだと思う。

労働時間の短縮を、現場の人の頑張りだけで実現させようとしないでほしい。

自由な時間は、ぜいたくではない

記事では、日本共産党の綱領一部改定案に、自由な生活時間の拡大や、人間的発達・社会的交流の権利を保障する内容が盛り込まれていることも紹介されていた。

私は、自由な時間を「余裕のある人だけのもの」にしないという考え方に共感する。

学ぶこと。人に会うこと。好きなものをつくること。地域の集まりに参加すること。社会の出来事について考えること。

そうした営みを、仕事が終わったあとのわずかな気力に任せきりにしていいのだろうか。

政治や地域活動への参加を呼びかけるなら、参加できる時間も必要だ。疲れ切った人に「もっと社会に関心を持とう」と言うだけでは足りない。

自由な時間は、一人ひとりの生活を豊かにする。同時に、人とつながり、社会をつくるための土台にもなると思う。

「仕方ない」で終わらせたくない

すべての職場を明日から6時間勤務にするには、解決すべき課題がある。それでも、課題があることを理由に、今の働き方をずっと続ける必要はない。

人手不足だから、忙しいから、生活費が必要だから。そうやって働く人が時間と体力を差し出し続ける仕組みを、変えていきたい。

賃金を守った時間短縮や人員補充を、職場で話せること。労働組合などを通じて、一人のお願いではなく共通の要求にしていくこと。政治にも、働く人の生活時間を保障する政策を求めること。

「もっと短く働きたい」は、口にしていい願いだ。

私は、仕事も大切にしたい。でも、仕事の外にある自分の人生も大切にしたい。

働いて、回復して、また働くだけで一生を終えたくない。

暮らせる給料と、自分の時間。その両方を求める声を、もっと普通に交わせる社会にしたい。

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