「他人の心を壊す職場のモンスターとは、すぐに距離を置こう」
そんな趣旨の投稿を見かけて、すごく実感した。
私自身、誰かを傷つける言動が繰り返され、それが放置されている組織には、なるべく長く身を置かないようにしている。
理不尽な扱いに耐えることを、自分の当たり前にしたくない。働く場所によって、自分の心や体がすり減っていくのなら、そこを離れるという選択肢を持っていたい。
居場所を選べる自分でありたいと思う。
組織の中に、移れる場所があるということ
先日、大企業に勤めている友人に会った。
その友人の会社では、部署がたくさんあり、異動の希望を出せるという。希望が必ず通るわけではないだろうけれど、今の部署やチームがつらいときに、別の場所へ移る道がある。
これは、大きな組織で働くメリットの一つだと思った。
仕事内容は好きでも、上司や同僚との関係がつらいことはある。会社そのものを辞めずに、働く環境を変えられる。その可能性があるだけでも、気持ちは違うのではないだろうか。
一方、中小企業や小さな治療院では、そうはいかない場合が多い。
部署が一つしかない。店舗も一つしかない。毎日顔を合わせる相手が、そのまま職場のほぼ全員である。
もし、その中に人を傷つける人がいたら。しかも、その人が経営者や責任者だったら。
距離を置こうにも、仕事を続ける限り関わらざるを得ない。相談しても、状況を変えられる人がいないこともある。
小さな職場にも良いところはある。でも、関係が悪くなったときに移れる場所がないという問題は、軽く見られないと思う。
「気にしなければいい」にも限界がある
「無視すればいい」
「当たり障りなくやり過ごせばいい」
「どこに行っても嫌な人はいるよ」
そう言われることもある。
もちろん、すべての人と気が合うわけではないし、仕事をするうえで多少の折り合いは必要だと思う。
でも、毎日のように威圧されたり、人格を否定されたり、機嫌に振り回されたりすることまで、折り合いの問題で片づけられるのだろうか。
出勤前から相手の機嫌が気になる。何か言われないように、ずっと神経を張っている。帰宅しても、その日の言葉が頭から離れない。
そんな毎日を「気にしない」で乗り切るのには、限界がある。
私は、自分がどこまで耐えられるかを試すために働いているわけではない。生活を支え、自分の経験や技術を生かして、仕事をしていきたいのだ。
異動も転職も、自分を守る選択肢にしたい
店舗や部署の異動を希望できるなら、その制度を使っていいと思う。
組織の中で環境を変えることが難しければ、転職も選択肢になる。
そのためにも、経験や技術が次の職場でも評価される仕事に就くこと、転職を一律にネガティブに捉えない業界や職種を選ぶことは、一つの方法なのかもしれない。
私にとって、手に職を持つことの心強さは、ここにもある。
「ここを離れたら、もう働く場所がない」と思うと、つらい環境でも我慢を重ねてしまう。けれど、別の場所でも働けると思えれば、今いる場所を選び直す余地が生まれる。
もちろん、転職にはお金も気力も必要だし、生活の事情によって、すぐには動けないこともある。離れられない人に「辞めればいい」と簡単に言うつもりはない。
だからこそ、まだ余力があるうちに求人を見たり、自分の経験を整理したりして、選択肢を少しずつ増やしておきたい。
心と体を守ることを、後回しにしない
心や体の調子を大きく崩してから立て直すには、時間も、お金も、労力も必要になることがある。
元の生活に戻りたいと思っても、思うように進まないかもしれない。だから私は、「まだ働けるから大丈夫」と、自分のつらさを後回しにしたくない。
そして、人を傷つける言動が放置される職場について、傷つけられた側の対処だけが問われるのもおかしいと思う。安心して働ける環境を整えることは、組織の側の責任でもあるはずだ。
それでも、組織が変わるまで、自分の心と体を差し出して待ち続ける必要はない。
働くことは、生活の大切な一部だ。でも、人生のすべてではない。
自分の心と体を守るために、距離を置く。異動する。転職する。
そうした選択を、自分に許していたい。
これからも、居場所を選べる自分でありたいと思う。













