広島に降った「黒い雨」。被爆し国に健康被害を認めさせるのにかかった70年。

黒い雨訴訟判決に加藤勝信厚労相「科学的知見と異なる」
ようやく認められた原爆被害:「黒い雨」訴訟原告らの闘い

広島の原爆投下後に降った「黒い雨」で健康被害を受けた人々が被爆健康手帳を交付されなかったのは違法であるとして国を訴えた裁判で原告が全面勝訴しました。

被爆者の「証明」ともいえる被爆者健康手帳。交付されると医療や健康診断などで、国の支援が受けられる。
厚生労働省によると、手帳を持つ人は2020年3月末で13万6682人。最も多かった37万2000人(1980年)の3分の1近くまで減った。平均年齢は83.31歳だ。

だが、あの日から70年以上もの月日が経っても「被爆者」と認めてもらえない人たちがいた。広島では、「黒い雨」を浴びながら国の指定から外れた地域にいたために手帳を取得できない人々が集団訴訟を戦った。

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、広島に原子力爆弾が落とされた。
その後、放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びて健康被害があるのに被曝者健康手帳を交付されずに国と戦っている人々がいる。
原告の方々は75~96歳、判決を待つことなく亡くなった方もいる。

被爆直後、黒い雨が激しく降った地域の人に対しては被曝者手帳を交付されたたが
その認定地域外の周辺エリアにも黒い雨が降り健康被害が出たのにもかかわらず被曝者手帳が交付されなかった人々が裁判の原告たちである。

70年も戦い、勝ち取った被曝者の認定。
非常に重い。
こんなに時間がかかるものなのか。
国が、自分たちの味方ではないのかと思ってしまう。

おそらく国は被爆認定エリアを広く認めてしまうことでさらに健康被害で訴訟をおこす国民が増えることを危惧しているのかもしれないし、訴訟で国の落ち度を認めてしまうことで原告が勝利する"前例"を作りたくないのかもしれない。

私たちは、そもそも世論が戦争をする方向に持っていかせないこと。
常に周りの国と仲良く、平和を維持するために何をすべきか考え努力すること。
そして、悪いことや嘘がまかり通るような、正直者が馬鹿を見たりするような社会にしないために声をあげ続けること。
罪もない人が苦しんでいたり、弱い立場の人たちに手を差し伸べられるような社会にするために行動すること。

ほんと、大変な世の中だけど意識していくべきなんじゃないかと思っています。

励まし合うグループに参加しませんか?

10〜30代の女性で社会に対するもやもやを抱えていたり、前向きに人生を歩むための同志が欲しいと考え自助グループをつくりました。
社会の問題を共有したり、痛みや悩みをシェアしたり、様々なワークショップを通して自分のやりたいことを見つけたり。
心のよりどころのような場所にしたいと考えています。一歩を踏み出す仲間を募集中です。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事