しかしながらみなさん、しんどい事件やニュースだらけでしんどくなってはいませんか。私はしんどいです。
私個人の話で言えば仕事面で搾取に遭ったり賃上げ交渉を試みたもののうまくいかず、
賃金据え置きのままこき使われそうなので他社求人に応募して待遇のいいところに移ろうとしたり、、
何年経っても労働者としての私は常に不安定で落ち着かないなと思っています。
ほとんどの日本の労働者は自分が不利であったり常に割に合わない負担を強いられる環境でも「これが現状の安全牌の選択なのだ」と自分に言い聞かせ我慢して過ごしているのだろう。
耐え忍ぶ、というのも一つのスキルだと思うが私はこれができない。精神にすこぶる悪い。
自分をだましながら生きる、というのがどうにも苦手だ。
だんだん痛みに鈍感になっていくような気がするし、そのうち自分も同じような痛みを誰かに与える加害者になりそうな気がしてくる。
理不尽なことにはちゃんとNOと言いたい。おかしなことに屈したくない。
負けてもいい(いや、なるべくなら勝ちたいが)ちゃんと抵抗をしたい。
それは私が自分のことを嫌いにならないためにやるのだ。
ちゃんと立ち向った事実を残したいと思うへっぽこファイターである。
世界のどこかにいる同志よ、私は不器用ながらも日本の片隅でちっぽけながら反骨心を持って生きているよ。
いろんなコミュニティに帰属し「私」のバランスを保つ
幸い「仕事」「家庭」に加えて「学校」というコミュニティにいるので仕事面でうまくいかなくても家族と良好な関係を築けていたり、「学校」で学びを深め自分を知識を増やしてクラスメイトとうまくいってたりする。
自分が帰属するコミュニティを複数持つこと、どのコミュニティでも好調・不調があるのでうまいことバランスを取れているのかな、と思う。
特に「家族」という組織では、母や兄が健やかで幸せに過ごせていると私もうれしい。
リゾートバイトで地方に出稼ぎに行ったり、ワーキングホリデーから帰国して、特に家族に支えてもらっていたことに気付いたのもあって、以前より小さな会話や思いやりを持って接している。
もちろん家族とケンカするときもあるのだけど、すぐに修復できるよう試みるし、そこまで大事件には至らない。
だから多分私にとって「家族」とは壊れる危険性の少ない、揺るがない、安心できる場所として機能しているのだろう。
揺らがない場所が一つあるだけでも心理的安全性が保たれ、他のコミュニティでの挑戦や危険が伴うことにもトライできるのかな、と思う。
自分が身を置くコミュニティは複数持って分散できた方が一か所に依存するよりもリスクを回避できて良い。
NPOやボランティアなど、自分を必要としてくれる場所、習い事やクラブアクティビティとか、友達グループとの関係とか。
自分が能力やスキルで貢献できる場所、自分の人間性を認め仲間として受け入れてくれる場所のような場所があるといいのかもしれない。
- 家庭
- 仕事
- 学校
- 趣味
- ボランティア
- 友達づきあい
だいたい3~5つくらいあるとうまく分散できるような気がする。
多すぎるとうまく全部おざなりになってトラブルが出てしまうというか、自分の力の配分がうまくコントロールできなくなりそう。
優先順位をつけて、うまく調和を保っていきたい。
あと日記やブログやSNSで自分の考えを書くのもいい。
少し俯瞰して物事を見ることができるし、ネット上だと共感してくれる人に出会えることもある。
依存しすぎない方がいいと思うし、安全だと言いきれる場所ではなくつながったり離れたりが多い場所だけどオンラインでの交流もひとつのコミュニティではある。
インターネットで救われた経験も多いけど、悲しくなったり傷ついたり、自分の言葉が誰かを傷つけている場合もある。
適度な距離感で接したいね。
銀英伝の劇場公開のために仕事も勉強もがんばるぞ~。お~!٩( 'ω' )و